2024.07.10
T-BOLAN@日本青年館
「T-BOLAN LIVE TOUR 2023-2024 “SINGLES” ~波紋~」
会場に入ると剥き出しのステージが観客を迎える。まず驚いたのは、開演前T-BOLANメンバーによるトークがラジオのように会場内に流れ、ライブの様々な楽しみ方を案内してくれる。「会場を訪れてくれたみんなにとって、強力に魅力的で今できる限りのアイディアを詰め込んだ“カタチ”を届けたい」とボーカルの森友はそのラジオの中で語った。その言葉通り、開演前のロビーではメンバーの等身大のフォトパネルスポットが配置されたり、ファンクラブのブースで参加型SNS企画を実施したり、ツアーグッズ販売ではさながら野球場のビール売りのように大人気のペンライトを客席を回遊して販売したり等々。ライブ開演前からたくさんの“楽しい”を届け、ファンならずともこの日の全てを思い出として刻める場となっていた。
定刻の時間を過ぎると暗転、時計の秒針が時を刻む。「離したくはない」「Bye For Now」「マリア」「じれったい愛」…、全てのシングル曲の断片が流れてくる。その音に耳を傾けていると、いつの間にか観客の心は90年代にタイムリープ。十人十色の“あの頃”へ自然と誘われる。
暗闇だったステージが白いライトで一気に照らされ、T-BOLANの森友嵐士(Vo)、五味孝氏(G)、上野博文(B)、そしてサポートメンバーの人時(B/黒夢)、坪倉唯子(Cho/B.B.クィーンズ)、小島良喜(Key)、永井利光(Dr)が姿を現す。すると会場は一気にヒートアップ、大きな歓声と拍手が上がる。オープニングは33年前の1991年7月10日にリリースされたデビュー曲「悲しみが痛いよ」からスタート。
2015年3月にくも膜下出血で倒れて、必死のリハビリでステージに戻ってきた上野。前回のツアーまではライブの途中から登場していたが、今回はオープニングから森友の隣でT-BOLANサウンドの土台でベースサウンドを支える。その上野の姿を見て笑みを浮かべるメンバー。
「オーライ、帰ってきたぜ!東京!!T-BOLAN LIVE TOUR “SINGLES” 〜波紋〜ファイナルにようこそ!ようこそ!ようこそ!」といつも以上にテンションの高い森友。
「去年の8月、三郷からスタートしたツアー38本目。今夜のこの会場、俺たちにとっても90年代思い出の地です。日本青年館、そして(デビュー日の)7月10日だぜ。この特別な日に、特別な場所にみんな今日は集まってくれてどうもありがとう。最後までよろしく!」
「Bye For Now」「じれったい愛」「わがままに抱き合えたなら」等々、圧倒的な大ヒット、そして誰もが歌えるシングル曲がたたみかける中、キーボードの小島が弾く優しいピアノの音色が聴こえてきた。T-BOLANが初のシングルチャート1位を獲得した「おさえきれないこの気持ち」だ。ライブでしか聴くことができないアレンジでのパフォーマンス、続く「マリア」もアコースティックバージョンで始まり、途中からバンドバージョンで演奏という否が応でも盛り上がる特別なパフォーマンスだ!
余談だが、1994年9月に12枚目のシングルとしてリリースされた「マリア」は、オリジナルアレンジのアコースティックアルバム「夏の終わりにⅡ」で発表。その後リメイクされロック調のアレンジがシングルバージョンで施された。この2曲は「90年代を様々な角度で楽しんでもらいたい」というメンバーの思いが伝わる構成だ。
「2枚目のアルバム“BABY BLUE”、初のホールツアーのファイナルがここ日本青年館でした」と1992年7月2日に初めて日本青年館のステージに立ったことを森友は口にした。上野は当時の日本青年館を「ステージが小さく感じた」を話し、「それは奢りですね(笑)」と五味にツッコまれていた。
MCではT-BOLANのファン層が「何歳なのか」と年齢を聞いていく。「50代?だんだん体がキツくなってきただろ?俺たちも同じ」と森友は笑いながら問いかけ、10代以下のファンが結構多い事に森友や会場は驚き「結構いるんだ!学校楽しいか?楽しいこといっぱいやれ!もうすぐ夏休みだ」とメッセージを送る。
「今回、このシングルスツアーのテーマは“タイムリープ”。曲のイントロや歌詞を耳にすると、その当時の自分の思い出とシンクロするところがあったりする。俺たちは30年前、なんでもできると思っていた。でも年齢を積み重ね、どこかで“これはできる”とか“これはリスク高いな”とだんだん頭が良くなってきた。『やりたいか、やりたくないか』っていうことよりも、『できるか、できないか』を選択してきた」と森友は自分の過去の状況を語りながら、社会に揉まれて大切なことを忘れてしまった同世代の大人たちに問いかけた。それを聞いて「できるか?できないか?で自分の人生を選択してるのではないか」と自問自答したのは著者だけではないはずだ。
「どっかで失敗しないように生きていこうとする俺たちがいて、そのために衝動やパッションみたいなものをずっと(心の奥に)閉じ込めて。だけど上手くいくために生きているわけじゃない。俺たち今夜、みんなの胸の奥に閉じ込めちゃった情熱ってやつを引っ張り出すために東京に帰ってきました。自分の信念を曲げた成功と曲げない失敗、どちらを選ぶ?カッコつけていこうぜ!」と語り、90年代以降、演奏していなかった「サヨナラから始めよう」「すれ違いの純情」そして「LOVE」が披露された。森友のMCを聞いた後、演奏された楽曲は、90年代に聴いた時とは別の印象を受けた。
「シングルスツアーはメンバーの声も聞きたいかな?俺は、ちょっとクールダウンしてくるわ」とステージを去った森友。普段ステージ上でMCをすることのないギターの五味とベースの上野は、この後に演奏される「No.1Girl」の振り付けをコーラスの坪倉と共に会場にレクチャー。90年代から今もデモテープ作りで使っている森友の私物のラジカセ(通称:キュルキュル)でのレクチャー、こんなこれまでに見ることが出来なかったシーンもシングルスツアーならではの貴重な場面だ。
森友が戻り一気にステージはヒートアップ。そして五味のギターカッティングと観客の拍手で「せつなさを消せやしない」が始まった。観客は大合唱!気持ち良さそうに体を揺らしたり、ペンライトを振ったり思い思いにライブを楽しんでいる。
本編の最後は3rdアルバム「SO BAD」収録の「My life is My way」だ。くも膜下出血で倒れた上野はリハビリ中に何度もこの曲のフレーズをベースで繰り返し弾いた。その印象的なフレーズを弾きながら上野は日本青年館をゆっくり見渡した。復帰した時に掲げた「ライブで全曲ベースを弾く」と目標を、今回のツアーで上野は達成。90年代は日常だった風景が特別ではないことを、“奇跡の男” 上野博文は改めて感じたに違いない。
そして本編は終了した。
即座のアンコールが会場割れんばかりに鳴り響く。そんな待ち侘びるファンからの声に促されるようにメンバーがステージに姿を見せた。
「いつまでも止まぬ馬鹿馬鹿しい争いが今も、そして予想を超えた悲しい出来事が続いています。俺たちは何もできないかといえば、そんなこともない。俺たち一人一人が届けられるものがある。俺たち自分自身が幸せな人生を送ること、それが全てを包み込む愛となる。今日一緒にできることがある「愛の波紋」。愛の思いや愛の気持ちを大きな声で歌えばいい」と森友は昨今の情勢を嘆きアンサーを提案し、ツアーのハイライトの一つ「愛のために 愛の中で」が始まった。日本全国、この曲では森友はステージから客席に降りて観客の中で「争いのない暮らしの中で時を刻めたなら…」と歌い、触れ合う。森友を取り囲むファンに共通しているのは「笑顔」。この姿を体感するためにT-BOLANと会場を訪れた人々にとっての“最初で最後”のシングル・ベストツアーが行われたのだろう。
ふと、「世界中の人がこの会場の人たちと同じ気持ちになれたら?お互いを理解し共有し、争いは起こらないのではないか」と脳裏をよぎった。森友はそのことを願い観客の中で歌っている。その思いが波紋となって一人でも多くの人に届くように、祈りを込めて森友は観客の中でこの曲を歌った。森友の言葉が波紋となってこの会場の観客に伝わり、その言葉が観客の家族や友達に伝わる。それが連鎖して世界中で争いがなくなり平和が訪れる日を願い、奇跡が起こることを信じよう。
「タイムリープでいろんなことを語ってきたけど、いつだって今なんだよ。いろんな奴がいる中で俺たち繋がったわけじゃん?今回のツアーはファイナルだけど、まだまだ繋がっていくわけだ。自分の生きたい人生を生きていこうぜ。今日の日を忘れるなよ。俺たちの永遠の夢を送ります」と語り掛け「Heart of Gold」が始まった。90年代、ほとんどのツアーでアンコールの最後を飾ったナンバーだ。サビ部分で森友はファンにマイクを向けた。客電が落ち「夢と勇気があればそれでいい。諦めはしない。感じるまま生きていくよ、胸に輝き抱きしめて」と満員の観客の声が日本青年館に響き渡る。その声を和やかな表情で見つめるメンバー。
「また会おうぜ~」と森友が叫び、約一年に渡るシングル・ベストツアー「T-BOLAN LIVE TOUR 2023-2024 “SINGLES” 〜波紋〜」ツアーファイナルは幕を閉じた。僕たちに大切なメッセージを届けて…。
近い将来、T-BOLANはライブを開催するだろう。その時、『できるか、できないか』ではなく『やりたいか、やりたくないか』を選択し人生を歩んでいる自分を探しに行こう。彼らと約束した、あの日のように。
(写真・平野タカシ)