葉月

圧倒的な完成度と美しさを誇るクラシックソロ最新作『蓮華鏡』。絶え間なく進化を続ける葉月、その新たなる作品が花開く

待望の、とはまさにこのこと。葉月がピアノや弦楽器、和楽器といった多彩な楽器と共に繰り広げる、クラシックスタイルを基調としたソロワークが再び幕を開ける。ライブ「奏艶」の開催は1年2ヵ月振り、音源のリリースに至ってはアルバム『葬艶-FUNERAL-』から2年3ヵ月振りだ。そんなニューマキシシングル『蓮華鏡』は、天性の資質とたゆまぬ努力によって進化を続ける、のびやかで深い葉月の歌声と、新たな表情を見せてくれる楽曲のアレンジによって、ファンの焦がれる思いを裏切らない圧倒的なクオリティの作品に仕上がった。魅力溢れる最新作を、そして久々の「奏艶」をぜひ心行くまで堪能してほしい。


あの勉強がなければ今のこの状態には絶対になれていない

今回のシングル『蓮華鏡』は、アルバム『葬艶-FUNERAL-』の続編ということで、ファンの皆さんも待ちわびていた1枚だと思います。クラシックソロは、2021年12月12日の「奏艶」@中野サンプラザ以来ですが、先日7日間連続でプレミア公開されたあの日のライブ映像を観ていかがでしたか?

葉月:ライブ映像は、いつも副音声を録るために観るだけなんですけど、今回はYouTube用に自分で切り取ったりしたので観たんです。観ているとついつい直したくなっちゃうんですよね。もう直せませんけど(笑)。

あの日のライブは本当に素晴らしい完成度でしたが、映像で直したいところがあったんですか?

葉月:ちょこちょこありましたね。未だに覚えているんですけど、あの日は序盤で喉の感じがかつてない状態になって、コントロールが効かなくなっちゃったんですよ。3~4曲目の「けもの道」とか「D.A.R.K.」のあたりだったんですけど、「えっ、何これ!?」と思って。以前から歌い方がちょっと変化していて、それに対応できていなかっただけだと思うんですけど。

あの日のMCで、「すごく緊張していて、ステージに立ってから足が震えた」と言っていましたが、それも関係しているのでしょうか。

葉月:緊張のせいもあったと思うんです。緊張すると体の使い方を忘れちゃうんですよね。変なとこに力が入っちゃって、それで無理して…という。

葉月さんほどのキャリアがあるヴォーカリストでも、そういうことが起こるとは。

葉月:クラシックソロは、いつもとスタイルが違いますしね。それに、あの日は会場もデカかったですし。

様々な要因が絡み合って起こったんですね。慣れているバンド形式とは全くスタイルの異なるクラシックソロで、葉月さんが表現したいことは何ですか?

葉月:元々は、歌唱力で勝負したいという気持ちがあったと思うんです。でも、今はもう趣味ですね(笑)。自分の好きな曲をカバーして、「どうすか、これ。良くないですか?」というのは、コピーバンド的な気持ちになってすごく楽しいんです。でも、これはlynch.とかHAZUKIではちょっとやりにくい。なので趣味ですね。壮大な趣味です。

コピーバンド的なことは、キャリアを積めば積むほどやる機会が少なくなりますし、ファンの方々にとっても貴重な機会ですよね。

葉月:そうですね。いつもは聴けない曲が聴けるし、次に何が来るかわからないという面白さもあるでしょうし。

このクラシックソロは、葉月さんの選曲の幅が広いのも魅力の一つだと思います。中野サンプラザ公演でも、まさかのサザン…!と驚かされました。

葉月:サザンは普段の僕のイメージからは外れていると思うんですけど、カラオケとかでは歌うので実はナチュラルなんですよ。逆に、女性ヴォーカルの歌のほうが普段カラオケでも歌わないです。僕はとっさにキーを変えて歌えないので、ライブでやると決めてからしっかり聴き込んでキーを下げたりして、しっかり練習する感じですね。

2022年はHAZUKIのアルバムツアー、そしてlynch.の復活とかなり多忙な1年でしたが、今回の作品はいつ頃から作り始めたんでしょう?

葉月:晩夏くらいですね。表題曲の「睡蓮」を作ったのは、HAZUKIの『EGØIST』ツアー中でした。

割と早い時期に動き出していたんですね。

葉月:そうですね。ちなみに、音源よりも今月末の「奏艶」のライブのほうが先に決まったんですよ。その時に、中野サンプラザ公演のBlu-rayをまだ出していないよねという話になって、じゃあライブに向けて出そうという話になったんです。でも、当初はアルバムも一緒に出すつもりでいたんですよ。2020年に出したアルバム『葬艶-FUNERAL-』の2を出したいとずっと言っていて、それをこのタイミングで出そうと思ったんです。

lynch.もHAZUKIもアルバムに重きを置いているので、なぜ今回マキシシングルなんだろうと思っていたのですが、やはり当初はアルバムを作るつもりでいたんですね。

葉月:そうなんです。でも時間が足りなくて、全然無理でした(笑)。とは言え、lynch.でも、シングル+ライブDVDの形式で『BLØOD THIRSTY CREATURE』(2017年11月リリース)を出した前例があるので、今回もこういう形で行こうということになったんです。なので、どちらかというと今回の作品はBlu-rayのほうが比重が大きいんですよ。

なるほど。とは言え、今回の収録曲も素晴らしかったので、ぜひシングルのお話も聞かせてください。

葉月:『EGØIST』ツアー中、ステージでギターを持って歌うようになったんです。ツアー全箇所ギターを持って回るから、楽屋でもギターを手にする時間があって。そんな中、曲を作ろうかなと思ってできたのが「睡蓮」です。本当は『EGØIST』ツアー中に曲を完成させたいってバンドの人と話していたんですけど、結局出来上がったのがセミファイナルの頃で。そこから、鍵盤の方に曲頭のピアノのフレーズを口頭で伝えて、再現してもらって詰めていって、ツアーファイナルのCLUB CITTA’で演奏したんです。そこからのアレンジはアレンジャーさんに丸投げしたので、僕の稼働はそこで終わりですね。作詞も終わっているから、あとは歌録りだけですし。

今回、歌録りがとてもスムーズだったそうですね。「睡蓮」は30分で終わったとか。

葉月:当初は二日間の予定だったんですけど、4~5時間で終わりました。そもそも二日間は取りすぎだったのかもしれないですけどね(笑)。あと、この3曲は全部ライブでやっているから、体が覚えているというのが大きかったかもしれないです。まっさらな新曲はやっぱり難しい。「睡蓮」なんて、CLUB CITTA’でやる前に家でめちゃくちゃ練習しましたからね。

既に曲が体に入っている状態だと、やはり歌録りがスムーズなんですね。

葉月:確かにその要因はあると思います。歌い方をいちいち研究しなくていいですしね。僕はプリプロをやらないので、レコーディング本番で初めて歌うことが多いんですよ。そうすると歌い方を探らないといけないから、もう少し時間がかかります。

あまりのスピード感に、てっきりJさんのようなワンテイクの美学に目覚めたのかと思いました。

葉月:全然(笑)。いつも通りのジャッジでしたね。でもツルッと行けた感じです。

今回の3曲を録ってみて、1年2ヵ月前の中野サンプラザ公演から変わったと思う部分はありますか?

葉月:全然違いますね。すごくマニアックな話なんですけど、長く音楽をやってきて、ここ3年くらいはテクニック的な部分に注目しているんです。今までは全く興味がなかったし、何となくやって何となくできていたので、特に追い求めることはしていなかったんですけど、大人になるにつれて、せっかくやっているんだからもっともっと上手くなりたいと思って。それで色々研究していたら、それがよくない方にも行くこともあって。頭で考えすぎて今まで勝手にできていた部分を殺しちゃったり、勝手にこれはダメって自分で決めつけて良かった部分まで切り捨てちゃったり。そのせいで、前回の「奏艶」ではさっき話したようなことになったし、さらに去年のHAZUKIのツアーでも同じようなことが起こってしまったんです。ツアー2本目の福岡公演の途中で、声が出なくなっちゃったんですよ。力が入らないというか、声を押し出そうと思っても出ない。ヘロヘロの状態で、一旦曲を止めて一回後ろに引っ込むことになってしまって。

ショックだったでしょうね。

葉月:それがきっかけで一体どうしてこんなことになったのかをとにかく考えました。その公演は2daysだったので、次の日の本番まで、どうしたらこういう状態にならないのかを実際に声を出したりしながら考えて、思いついたことを全部紙に書いて、それを床に貼ってライブをやったんです。

その時どんな気持ちでしたか?

葉月:とにかく怖くて。次の日もこうなったらヤバいと思っていたんです。でも、幸いなことに考えれば考えただけ答えは見つかって、すごく基本的なところに辿り着いたんですよ。腹から声を出すとか、喉を開いて歌うとか、本当に歌の初心者の人がYouTubeを見て学ぶようなことだったんですけど、メモ書きしながらこういうことって大事なんだなと改めて思ったんです。でも逆に昔はこれが自然にできていたんだろうなと思ったりもして。それまでは、昔できていたことが最近できないなと思うことがすごくたくさんあったんですけど、最近やっとそれがなくなってきました。

克服したんですね。

葉月:そうですね。一度頭で理解しているから、もし今後バランスを崩しても復旧可能になったし、結構強くなったと思います。あと、純粋に上手くなったなと。コントロールもきかせられるようになりましたしね。

中野サンプラザ公演の時、「歌の知識をちゃんと付けたくて、構造の勉強をしている」と言っていましたよね。葉月さんは、歌に真摯に向き合っているんだなと思っていたんです。

葉月:あぁ、それであの状態になったのかもしれません。裏目に出ていますね(笑)。でも、その勉強がなければ、今のこの状態には絶対になれていないと思うんです。ヴォイストレーナーの先生に聞いても、「今はレベルアップするための成長痛みたいな状態だから大丈夫」って言われて。そうですか、今めっちゃ不安ですけど…って思ったんですけどね(笑)。

でも見事に乗り越えて、また一歩大きく前進したんですね。2019年に葉月さんがインタビューで「完璧なヴォーカリストになりたい」と言っていたのがとても印象に残っていて。その時はヴォイストレーナーの先生の「基礎が全然伸びていない」という言葉に「じゃあ伸び代だらけじゃないか」と思ったそうですが、そこからどのくらいレベルアップしたと思いますか?

葉月:えー、難しいなぁ(笑)。ドラクエでいうなら、あの時レベル30だったのが、今は42くらいになった感じですかね。

いやいや、いかに謙虚な葉月さんでも、もっと自己評価が上がっていると思っていたのですが。

葉月:いやいやいや、僕はまだ、現代のヴォーカリストならできていなきゃいけない、軽く楽に歌う唱法ができないんですよ。若くても売れている人は全員できているんですけど、それがどうしてもできなくて。ずっと研究しているんですけどね。

それは何としても会得したい技術なんですね。

葉月:もちろんです。今はまだ喉への負担が大きくて、3daysや4daysはできないんですよ。だからいつも2daysまでにしてくださいってライブ制作の人にお願いしていて。でもこれが克服できれば、お客さんも楽に回れると思うんですよね。

相変わらずファン思いですね。絶えず上を目指して、技術の刷新をし続けている葉月さんに頭が下がります。

葉月:だってカッコいいほうがいいじゃないですか(笑)。

字で見た時のイメージと曲を聴いた時のイメージのリンク

「奏艶」は純粋に葉月さんの歌を聴きに来た人たちが集まっている場所ですよね。それは、演者としても意識するところですか?

葉月:最近はその感覚は薄くなっていて、全体で見せようとしているんですよ。「奏艶」は当初ピアノ1本でスタートして、それこそ「俺の歌、どや」という感じだったんですけど、最近はアレンジや演奏も込みで「どうですか? すごくないですかこれ」と投げかけている感じです。次の「奏艶」は以前の感じを少し取り戻すというか、立ち返る感じになるかも。もう人数も広がるところまで広がって、一番派手だった前々回(2020年1月のHAZUKI 20TH ANNIVERSARY「奏艶」@メルパルクホール)は20人編成くらいで、和太鼓とかもいましたからね(笑)。

現時点で、メジャーな楽器はほぼ網羅している感じがあります。それにしても、歌よりも全体で見せたいという思いは、今回特に「睡蓮」のイントロでとても強く感じました。シンバルからスタートして、琴、弦楽器、ピアノ、ウィンドチャイムとたくさんの音で歌い出しまでの道筋や情景を描き出している印象で。

葉月:この最初の和風な部分は元々なかったんですよ。CITTA’で披露したときはピアノのところからだったので、最初のところはアレンジャーの方がつけてくれたんです。でも、歌詞も渡していたので、その雰囲気を汲んでつけてくれたんだと思います。だから繋がりはいいんでしょうね。

阿吽の呼吸ですね。今回の作品には何人くらい関わっているんですか?

葉月:和楽器は生ではなく、アレンジャーの方が打ち込んでいるんだと思います。僕が把握しているのは弦楽器4人、ティンパニーやシンバル諸々の打楽器の一人ですね。意外と少人数なんです。

意外でした。ここぞという聴き所はありますか?

葉月:ここを聴けっていうのは難しいですけど、3サビの最後の〈夢よ覚めないで〉のところ、あれは歌っていて気持ちよかったです。

その気持ちよさ、聴いていてビシビシ伝わってきました。あと、『葬艶-FUNERAL-』もそうでしたが、歌い出しのブレスの音が入っているので、その生っぽさもたまらないなと。

葉月:特に意識はしていないんですけど、ブレスの音を切るようなことはしないです。lynch.でもブレスは残しますけど、クラシックソロは静かだから特に聴こえやすいんでしょうね。

ところで以前、歌詞の見た目へのこだわりについてお聞きしたことがありましたが、今回の歌詞に散見された平仮名がとても気になって。

葉月:お、なるほど。僕は元々、平仮名が好きで。よく〈いのち〉や〈ひかり〉は平仮名にするんですけど、今回は〈ながい〉や〈つよく〉という言葉もあってちょっと渋いですよね。

なぜこの文字を平仮名にしたのか、意図に思いを巡らせました。

葉月:〈つよく〉は、漢字にすると強すぎる感じがしたんだと思います。もっと不安げな感じ、弱々しい感じを出したくて。〈ながい夢〉はB’zの影響です。

B’z!?

葉月:稲葉さんの影響ですね(笑)。「ながい愛」って曲があって、それが平仮名なので。漢字か平仮名か悩んだときに、〈ながい〉は平仮名のほうが好きかなと。僕、そういう好みが要所要所に入ってくるんですよ。あ、パクリとかじゃないですよ(笑)。好きな人の要素を自分にも入れたいってことです。

そしてそれが葉月さんの新たな要素になるわけですね。〈ひとり〉〈ひとつ〉も平仮名ですね。

葉月:一つって漢字にするとあんまり美しくないんですよね。「―(音引き)」にも見えるじゃないですか。だから絶対平仮名です。〈のせて〉はあえてです。何でそうしたかは覚えていないんですけど、でも儚い感じがしたからじゃないかな。

本当に微妙なニュアンスまで考えるんですね。今回特に〈ぎらり〉を平仮名にしたことで受ける印象の意外性に驚かされました。

葉月:やっぱり曲の世界があるじゃないですか。今後発表される楽曲で〈ギラギラ〉という言葉を使うんですけど、そこは片仮名だったりします。でも「睡蓮」で使うなら平仮名かなと。鈍い、不穏な感じがしますよね。

葉月さんの歌詞は、視覚と聴覚両方を意識して、とても緻密に作られているんですね。

葉月:歌詞は文章ではないので、見た目から受ける印象ってすごく大事じゃないですか。字で見た時のイメージと、曲を聴いた時のイメージがリンクしてほしいですし。僕はむしろ、内容はあまり気にしていないんです。

歌とともにこの歌詞を見るとより世界が深まります。ところで、「睡蓮」のMV撮影が今年に入ってから行われたそうですが、葉月さんの「一休さんの気持ちでMVを撮っています」という言葉が気になって。

葉月:すごく和の雰囲気漂うところで撮影したんです。昔の偉い人の家らしいんですけど、和室とかすごく綺麗な場所でした。でも、暖房がなくて…(笑)。めちゃくちゃ寒くて、体感2℃くらいの感じでしたね。綺麗なお庭があって立派な縁側もあるところだったんですけど、屋内がとにかく寒かったです。外のほうが太陽が当たるから暖かいんですよ(笑)。でも一休さんは、こんな寒いところで座禅を組んだり、和尚さんに叩かれたりしていたんだなと思って。きついなーここを雑巾がけしたりするのかーと思っていました(笑)。とにかく、今まで撮ったことのない感じのMVであることは間違いないです。