新しい年、新たなスタートを切る摩天楼オペラ。彼らが最新シングル『儚く消える愛の讃歌』に込めた思いとは――
摩天楼オペラの2020年は激動だった。新型コロナウイルスの影響による全国ツアーの中止、事務所からの独立、ギターのJaYの脱退。あまりにも予想もしなかった事態の中で、彼らはどんな日々を過ごしていたのか。インタビューの場に集まった4人は、2月17日リリースのニューシングル『儚く消える愛の讃歌』を携えてやってきた。苑(Vo)、彩雨(Key)、燿(B)、響(Dr)の4人で新たなスタートを切る2021年。メンバーが語るその言葉は、笑顔と共に前向きな熱意に溢れていた。
こんなに波乱万丈な1年になるとは思わなかった(苑)
2020年は摩天楼オペラにとってどんな1年でしたか?
苑:2020年の2月にライブをやっていたときには、新型コロナウイルスの影響はすぐに終わるものと思っていたのですが、思った以上にその影響が続いて、事務所からも独立して、メンバーも脱退して、こんなに波乱万丈な1年になるとは思わなかったですね。
そもそも2020年はどんなプランを描いていたのですか?
彩雨:シングルを出してツアーを回って、アルバムのリリースを考えていました。
燿:響君が正式に加入したのが、2019年の元旦でした。その後、2月にアルバム『Human Dignity』をリリースして、この作品と共に回ったツアーを終えたときに、これからいけるなという感じがしていました。
苑:下地を作って、これから盛り上がっていくぞという勢いと手応えがありましたね。
燿:そう思っていたときに、全ての予定が白紙になったんです。
苑:5人で作ってきた曲たちもどんどん馴染んできた中で、2020年4月にEP『Chronos』をリリースしました。この作品で、さらに上昇気流に乗れるんじゃないかなという期待はありました。
摩天楼オペラだけではなく、新型コロナウイルスの世界的な流行で、多くのバンドが甚大な影響を受けた年だったと思います。メンバー同士ではどんな話をしていたのでしょうか?
苑:ツアーをどうするかが主な話題でしたね。決行するのか、中止にするのか。延期をしてからの中止はなるべく避けたいと思いながら、メンバーと何度も話し合いました。
そして、8月1日に事務所からの独立とツアーの中止を発表されました。独立したことで、どんな変化が生まれましたか?
彩雨:色々なものが同時に切り替わったので、夏は本当に大変でしたね。多くのファンがいるということは、バンドとしてはもちろん、会社としても社会人としても責任があります。それはもう何もミスはできないということなんですよ。なので、新たな体制に命がけで取り組んでいました。
響:僕ももちろん仕事が増えましたけど、独立した分、色々自由度も増しました。これまでできなかったことも、すぐにできるようになったり、頑張れば頑張った分、反応も返ってくることに、やりがいがありますよね。
燿:バンドとしては、事務所に入ってきた時期が長かったのですが、バンドの方法論は年々変わってきていると思っていて。自分たちで発信できる環境がどんどん整ってきているこの時代に独立したということは、結果的には良いタイミングだったと思います。
2020年には多くのバンドが無観客配信ライブを行ってきましたが、摩天楼オペラとしても、8月15日に初の無観客配信ライブを浦和ナルシスから行いました。この経験はいかがでしたか?
苑:ライブハウスで大きな音を出せるというそれだけで楽しさはありました。ただ、目の前にお客さんがいない寂しさはどうしてもありましたね。頭の中で、これまでのライブで目の前にいてくれたファンの人たちを想像しながら、なんとかやりきったという感じでした。ライブでお客さんの声が返ってきて、ああすごくいい空間だったねというあの感動はやっぱりないです。
このライブのときに、リハーサルなどで久しぶりにスタジオに入って、音を出したのでしょうか?
彩雨:4月の頭ぐらいにメンバーでスタジオに入ってから、新型コロナウイルスの感染予防対策でスタジオに入れない時期もあったので、3ヵ月以上スタジオに入っていなかったです。メンバーにも会えていなかったですね。3ヵ月もメンバーに会わなかったことは、これまで無かったことでした。久しぶりに会って音を出したときに、まず思ったことは「爆音は楽しい!」ということです。それは多分ファンも同じだと思うんですよ。配信ライブを観ながらイヤホンで音を聴くことと、ライブハウスで直接爆音を聴くことは、意味が違うじゃないですか。スタジオやライブハウスで爆音を出すと空気が震えている。ライブハウスで爆音を聴いたときに、「あ! これだこれ!」って思ったんですよね。やっぱり爆音を出す楽しさってありますよね。お客さんも早く爆音を聴きたいと思います。僕らは8月から無観客配信ライブが多くなりましたが、お客さんはまだ爆音では僕らの曲を聴いていないので、早く聴かせてあげたいという気持ちは募るばかりですね。
響:3ヵ月ぶりにリハーサルで音を出したときはヤバかったですね。それまでずっと自宅で練習を重ねていたので、「あれ? リハーサルってこんなに楽しかったっけ!?」という感じがありました。音を合わせるだけで楽しいんですよ。無観客配信ライブは、お客さんがいないという寂しさはあるんですけど、8月15日のライブはめちゃめちゃ楽しかったですよ。まるでツアーファイナルみたいでした。
苑:響が1番楽しんでいたんだよね。ライブ中、僕は振り返るとメンバーが見えるんですけど、響だけ超笑顔でやっていて(笑)。
響:そうなんですよね(笑)。あの日はお客さんの有無は関係なく、歓声が聞こえないということ以前に、5人でライブをしているということが楽しかったですね。それから無観客配信ライブを何回かやってきていますけど、今はもう辛いです。テンションが上がらない(苦笑)。もちろんライブが始まってしまえば、ある程度楽しさはあるんですけど、初回の8月15日のときのテンションと比べると、1000分の1くらいにはなっていますね。無観客配信ライブを繰り返すことで、ライブに来てくれていた人たちの存在が、いかに自分のテンションを上げてくれていたかということをどんどん実感するようになりました。
苑:響がだんだんテンションダウンしているなということには気付いていました。
響:11月21日の新横浜NEW SIDE BEACH!!の配信ライブを見返すと、一見楽しそうに見えるんですけど、なんだか取り憑かれたようにテンションを上げていかなきゃ、と無理をしているようにも見えちゃいますね。
燿:僕の場合はそんなに変わらずにできました。これまでのライブと違うところは、演奏中に「どういう画角で映しているのだろう?」といったことを考えているところですね。「お客さんからの視点ではなくて、映像の視点だとどうなっているのだろう?」「無観客配信ライブでは、どういうふうに動いた方がいいかな?」、そういうことを考えながらライブをやるという変化はありました。
自分の中でルールを決めていた(彩雨)
コロナ禍でバンドとしての活動が制限される中で、それぞれが配信など様々な新しい発信の仕方をされていましたよね。この時期にやるべきこととしてどんなことを大切にしてきましたか?
苑:個人での配信は、それをやらないと自分がバンドマンだということを忘れてしまいそうだという気持ちから始めました。僕は機械が苦手で、専門学校のときに打ち込みについて授業で習ったときに、もういやだと思ってから、1度も機械に触ってこなかったんです。だからまずは新たに機材を買って勉強しました。そこから2ヵ月くらいかかって、やっと自分でも配信ができるようになったんです。自分で配信を始めて、まずは、ファンの方が喜んでくれたことが嬉しかったですね。新しい今の声をずっと届けられない状態だったので、バンドよりかなりレベルは落ちますけど、弾き語りという形で今の僕の歌を届けて、喜んでくれる人がいたので、やってみて良かったなと思います。2020年は、「自分の歌がちゃんと求められているのだから、ちゃんと提供していかないとだめだ」と思っていました。今ライブができないから歌が届けられないというのは、全部言い訳になるので。できることをやるしかないと思ってきました。
彩雨:緊急事態宣言が出ているときに、「1日1曲BGMを作ってアップする」という企画をやっていました。やらないと音楽的感性が鈍るなと思ったんですよ。ソフトの使い方すら忘れちゃいそうな気がして自分を鞭打つかのようにやりましたね。そうしないと、1日の中でちゃんと音楽をやる時間を作れなくなってしまうんですよ。ライブもやるのかやらないのかわからないし、今後いつCDを出せるのかもわからない宙ぶらりんの状態で過ごすというのは、自分にとってはすごく良くない。だから自分の中でルールを決めて、ガツガツと発信していました。あの時の過ごし方として、「19時を過ぎるまで、お酒を飲まない」という絶対の掟を決めていたんです。朝は8時にちゃんと起きて、散歩をして、19時まで曲を作ったり、ブログを書いたり、自分の仕事をする。19時以降は、一切仕事はしないでお酒を飲むというルーティーンで、あの数ヵ月間を過ごしていました。
響:僕はコロナ禍のこの期間を利用してやろうくらいの感覚で過ごしてきました。もともとインターネットで立ち回るのが好きなので、いかに知名度を上げていくかということをずっと考えながらインターネットを使った活動をしてきました。僕は後から加入したから、摩天楼オペラのメンバーの中で1番知名度がないのは明らかなので、そういうところでいかに追いつくかじゃないですか。そこで、コロナでダメになっていくのではなくて、インターネットに注目が集まっている今、メンバーだけじゃなくて、他のミュージシャンともどう差をつけていくかだけを毎日考えながら、YouTubeでカバー動画の配信をしていました。YouTubeは、摩天楼オペラに入る前からやっていたんです。最近はプロのミュージシャンでカバー動画を上げている人も多いですけど、僕が始めた頃はほとんどいなかった。僕は、ある程度知名度のあるミュージシャンが他の人の曲を叩くのはダサいなと思っていたんです。でも、今はカバー動画が認められてきた気がして。じゃあもうやっていこうという気持ちで始めました。今も、いかにこの状況で立ち回るかということをずっと考えています。2020年は気合いを入れて元旦からドラムの練習をしていて、ツアーが無くなってしまった分、個人練習をしているので、ドラムも上手くなりました。めちゃめちゃ変わりましたね。ドラムと関わる時間は今までよりも増えたので、ドラマーとしてこの1年で成長したと思います。
燿:僕はもともとインドア派なんですよ。なので、バンド的にすごく大変な1年でしたけど、堂々と家にいられるので、個人的にはすごく充実した1年でもありました(笑)。バンドとしては、やれることをやっていくしかない。では、自分は何をしようかなと考えたときに、インドアを極めようと思ったんです。配信機材とかをめちゃめちゃ調べて、素人とプロの映像屋さんの中間より上くらいの位置までいこうと思っています。
苑:何、その友達以上恋人未満みたいな感じは(笑)!?
燿:真ん中じゃなくてもそれより上くらい、でもプロまではいかないくらいのものでやろうと思っていて。今は色々機材を揃えて組んでいて、もう少ししたら完成します。ベーシストとしての自分については、すごく考えましたね。バンドを長くやっているということは、それだけ年齢も重ねているってことじゃないですか。10年後自分はどうなっているのだろうか?ということも考えました。自分の配信の中で、ベースを弾いたりもしているので、ベースを弾いている時間は長くなりましたね。生配信で弾いているので、ごまかせないんですよ。配信を観るときに、視聴者はイヤホンで聴いているから、細かいニュアンスまで音がしっかり聴こえる。だからこれまで以上に丁寧に弾くようになりました。