メトロノーム

遂に完成したフルアルバム『阿吽回廊』。強烈な個性を放ちながらどこか安心感を覚える、圧倒的な存在感の最新作を紐解く

約3年という年月を経て世に放たれたメトロノームの最新アルバム『阿吽回廊』。密教で「物事の始まりと終わり」を意味する「阿吽」に、バンドの歴史になぞらえた「回廊」という言葉を重ねた秀逸なタイトルを冠したこの作品は、これまで以上に3人の個性が際立つ、他に類を見ない1枚に仕上がっている。新しさと懐かしさ、鮮烈な驚きと安心感…アルバムの始まりから終わりまで、一見相反するものが調和しながらめくるめく音世界へと誘うこの作品について、そして9月からスタートする待望のワンマンツアーについて、3人に話を聞いた。


自分の中から出てきた「阿吽」(シャラク)

シャラク(VOICECODER)

Vifに登場するのは、昨年11月リリースのライブベストアルバム『5th狂逸インパクト』以来ですが、この9ヵ月はどんな日々を過ごしていましたか?

フクスケ:近いところで言うと、すごく久しぶりにイベントツアーで名古屋と大阪に行きました。大阪ではシャラクの誕生日ワンマン「シャラ誕祭-2022-」をやったんですけど、メトロノームとして地方に行けたのは久しぶりだったので良かったです。

すごく盛り上がったそうですね。

フクスケ:そうですね。メトロノームはいつもどこでも盛り上がります!

さて、約3年ぶりのフルアルバム『阿吽回廊』が完成したわけですが、今回の作品はかなり仏教色が強い印象を受けました。メトロノームは「アルバムもシングルも方向性はあまり決めず、各自が思い思いの“メトロノーム”を持ち寄って、そこから始めることが多い」とのことでしたが、今回はテーマを決めて作られたのでしょうか?

フクスケ:いえ、今回も他のメンバーの歌詞を見ることも、合わせることもなく、それぞれの曲を持ち寄ったらこうなりました。仏教色もそれほど意識していないんですよ。

三者三様の個性が際立ちつつ、全体を通して見事に調和していたので、その答えは意外でした。今回、ご自身の中で曲作りのテーマなどはありましたか?

フクスケ:僕はコロナ禍の配信ライブでギター周りのシステムが変わって、それをCDにもふんだんに反映させていきたいと思いながら作っていました。

フクスケさんはギターも新しくされましたよね。

フクスケ:そうですね。ギターも変わって、その先にあるエフェクターやアンプも変わりました。実際に録ってみたら全然違いましたね。
シャラク:オイラはアルバムのスケジュールがあって、そこから曲を作り出すという感じでした。でも、途中で想定していたより時間に余裕がないことに気づいてしまって(笑)。1ヵ月くらい余裕がある気がしていたんですけど、時間がないとわかってからは、慌ただしく作った印象です。
リウ:僕は今回、アルバムの3曲、その前に出た会場限定シングル『阿ッとして吽』の1曲、さらにプラス2~3曲出したんですけど、自分が今気に入っている曲を提出したという感じです。

今回のリウさん曲は、いつも以上に季節感がありますね。

リウ:当初は7月にアルバムが出るはずだったんですよ。なので、“夏”と“久しぶりのツアー”のイメージでこうなりました。せっかくなので、楽しさや懐かしい感じを音楽で共有してもらえたらと思って、それがイメージできるような音にしたんです。そうしたらリリースが1ヵ月ズレてしまって(笑)。先行してシングルが出たので、結果としては良かったんですけどね。

この曲たちは、夏の終わりに聴くのもまた趣があっていいですね。アルバムタイトルは、いつも通りフクスケさんがつけたのでしょうか。

フクスケ:そうです。ただ今回は、タイトルが決まるまでの流れが結構前後していて。会場限定シングルを出すにあたって、デモの段階ではシャラクの曲ということしか決まっていなかったんです。でも、アーティスト写真を撮るときに頬文字を書きたかったので、歌詞に入れる漢字一文字をシャラクに聞いたら、「阿吽」だと言われて「お、いいね!」と。その後、歌詞ができて、タイトルを聞いたら「阿ッとして吽」だったんです。その「阿吽」に「回廊」をつけてアルバムタイトルにしました。

阿吽の発祥はシャラクさんなんですね。阿吽は、息が合っているという意味の阿吽の呼吸もありますが、阿が物事の始まりで、吽が終わりという意味もある言葉です。なぜこの言葉にしたんでしょう?

シャラク:思いつきなんです。阿吽という言葉が持つ本来の意味はそうなんですけど、オイラはそれほどそこに意味を込めていなくて。フクスケに聞かれたときに、自分の中にあるもので出てきたのが阿吽でした。

阿吽という言葉から「阿ッとして吽」というタイトルを生み出すセンスは、さすがシャラクさんです。

シャラク:適当に歌っていたら「阿ッとして吽」がしっくりくると思ったんです。タイトルも阿吽という言葉を使おうとしていたので、そこからでした。

「回廊」という言葉を選んだのはなぜですか?

フクスケ:シャラクがそのときの感覚で言ってくれた「阿吽」を掘り下げていくのは僕だと思って(笑)。さっき言われた、物事の始まりと終わりのようなものをメトロノームに当てはめました。メトロノームは長い間、変わりながら回廊をぐるぐる回るような活動をしてきたと思うんです。そして今回、久しぶりにワンマンでツアーを回ることができるということと合わせて、「回廊」をつけました。

いつもながら様々な意味が融合した秀逸なタイトルです。シャラクさんは、あまり阿吽の意味にはこだわっていないということでしたが、ジャケット写真もMVの最後も仁王像の阿形のポーズでしたね。

シャラク:そうですね。ポーズは一応仁王像を意識したというか、撮影するにあたって仁王像はどういうポーズをしていたのか、手の形を調べました。

今回、フクスケさんが写真を選んだそうですね。

フクスケ:そうなんです。いつもはソロの写真のセレクトはメンバーに投げて、どれがいいか選んでもらっているんですけど、今回は時間がパツパツだったので俺が決めてしまおうということで(笑)。「人から見た自分もいいんじゃない? 俺は間違ったものは絶対に選ばないから大丈夫だよ」と思いながらやっていました。

歌詞カードの中には、フクスケさんセレクトの写真がたくさん収められているんですね。

フクスケ:そうです。今回、すごく綺麗で良い撮れ方をしている写真が多かったですよ。

では収録曲について教えてください。推し曲や、ここを聴いてほしいという部分はありますか?

シャラク:すごく一部分ですが、11曲目の「あゝ諸事情」のドラムを聴いてほしいですね。メトロノームはドラムが打ちこみなんですけど、人が叩いているところを想定して作っているんです。「あゝ諸事情」は二人ドラマーがいて、ツインドラムで叩いている設定です。これを打ちこみでやる意味があるのかは、わからないところではありますけど(笑)。ミックスはリウさんにお願いして、そのときに「ツインドラムです」と伝えました。そこを感じてもらえるといいなと思います。
リウ:よく聴くとわかりやすく左右に分かれているので、楽しいと思いますよ。こういうオーダーはメトロノームでは初めてですけど、僕自身はツインドラムの曲は作ったことがあるし、仕事でアレンジしたこともあるので面白かったです。

以前、「Catch me if you can?」について、シャラクさんが「手数の多いドラマーさんが生ドラムで叩いたらこんな感じというのを想定して作った」と言っていましたが、曲作りでそのあたりも意識しているんですね。

シャラク:そうですね。メトロノームでは、ドラムの打ちこみを誰が叩いているか想定しながら作っています。ちなみに今回のツインの片方のイメージは、若い真面目な人です。オイラの周りで言えばK君(NoGoD)ですね。もう一人はUNICORNの川西さんのようにためて叩く人。二人が合わさると、ブリティッシュなモッタリ感が出ると思って。自分がやっている系統はカッチリとした打ちこみものが多くて、ドラマーがモッタリすることはあまりないので、それをやりたいと思ったんです。

そういう視点で聴くと、とても面白いですね。この曲はドラムも含め、とても耳に残るので、アルバムの最後にこの曲がくると余韻が残ります。フクスケさんはいかがですか?

フクスケ:自分の曲の自分のパートで恐縮ですが、「明日もきっとやってくる」のサビ終わりに、ハーフのリズムでソロに入るところが自分的にカッコいいと思います。

この曲、ギターの聴きどころが満載でした。

フクスケ:そうですよね(笑)。システムを変えたことによって、より一層ギターのやる気が出ました。

特にこの曲のギターソロは必聴だなと。

フクスケ:ありがとうございます。でも、だんだん麻痺してきて、シャラクの曲が来たときに「あれ? ギターソロはないの? 入れなくていいの?」と思いましたけどね(笑)。

漲るやる気が伝わってきます(笑)。ところで、今回のフクスケさんの歌詞は、どの曲も韻の踏み方が素晴らしかったです。中でも〈腹が立っても クララが立っても〉と〈角が立っても ジョーが立っても〉にはやられました。

フクスケ:そうなんです。立つ二大巨頭といえばクララとジョーですからね。ちなみに、「失敗だ傑作だ」でも俺のラップ魂が出ています(笑)。

未来ではなく今この瞬間を見ている(フクスケ)

フクスケ(TALBO-1)

リウさんの推し曲や聴きどころを教えてください。

リウ:僕も自分の曲ですが、「少年」ですね。元々この曲は、昨年のライブ盤についているシングルの2曲のうちの1曲用として作っていたんです。でも、あの時のメインはライブ盤で、シングルはおまけのような感じだったから、もっと大事なときまで取っておきたいと思って(笑)。この曲ができたときは、すごく良い曲ができたという感覚があって、今回満を持して出すことができたという感じです。

今回も、リウさんの曲は美しい曲が揃っていますね。

リウ:音数を減らすようにして、サウンド的に二人の曲に寄ることを意識しました。あとはヴォーカル、ギター、ベースというパートをより出したいと思ってアレンジしていたので、そういう意味で際立っているのかもしれません。

ところで、この曲の歌詞で、ついにリウさんの曲に〈死〉という字が出てきましたね。これまでにも〈病〉(「東京ロマンチカ」)や〈最期〉(「憂国の空」)はありましたが、この言葉は初めてだなと。そして、同じくリウさん曲「シナスタジア」には〈生きるの止めて〉という言葉も出てきます。

リウ:そうですね。でも文字通りの“死ぬ”ということではないんです。インタビューの最初に仏教的と言っていただきましたけど、コロナ禍になって色々自分で勉強しているうちにそういうものにハマってしまって(笑)。影響を受けているので、そのうち禅の世界にいくだろうなと思っています。多分年齢的なものなんでしょうね。なので、そういう意味での〈死〉であって、死ぬことが悲しいという感じでは書いていないんですよ。

前回の「華胥之夢」あたりから、リウさんの知識の幅の変化を感じます。ベースの聴きどころも教えてください。

リウ:「少年」に限らず、アルバムトータルで自然と何も考えずに弾きました。だから、作っていないというか、ノリでやったというか。年々アドリブが好きになってきていて、何回か録っていいところを使うという感じです。

シャラクさん作の「万金丹」は落語のタイトルですね。落語ということで、米津玄師さんの「死神」のような曲を想像して聴いたら、ギャップに驚かされました。

シャラク:ですよね。これはすごく言いづらいんですけど、タイトルを思いつく時間がなかったんです(笑)。仮タイトルは「万金丹」だったんですけど、もう少しオシャレな、「あいす、ちょこ、おすし」というタイトルにすればよかったなと思って。

そちらのタイトルがぴったりの、とても可愛らしい曲です。

シャラク:そうですよね。曲はそういう感じです。タイトルはひらがなにしようかと思っていましたから(笑)。

自堕落な生活が透けて見えるような部分もありつつ、シャラクさんが話しているような、独特の歌詞の言葉選びがファンの方々にはたまらないだろうなと。

シャラク:歌詞を書くにあたって自分で決めていることとして、「喋り言葉と自分の言葉を使う」ということがあるんです。言い回しとして嘘がないようにしようと思っているから、話している感じに読めるんだと思います。もちろん普段から「阿」とか「吽」とは言いませんけどね(笑)。サビが最初にあるんですけど、曲出しの2段階目くらいのときに「ΦD-SANSKRIT」みたいに皆で盛り上がれるような曲、というテーマを出してもらって、サビを作りました。

ライブが楽しみです。ところで、フクスケさん曲「失敗だ傑作だ」の〈失敗だ失敗だ心配は失敗だ心配だ〉は、難易度の高さでシャラクさんが泣いているんじゃないかと心配でした。

シャラク:これは泣きましたね…。
フクスケ:よく歌えるなと思いました。でも最初から結構歌えていて、自分で作っておいてなんですが、口がよく回るな、ヴォーカリストなんだなと。そして〈失敗だ失敗だ心配は失敗だ心配だ〉が終わった後の、Aメロの字数の多さがまた酷いですよね(笑)。

これはフクスケさん曲の中でも、かなりレベルが高いなと(笑)。

シャラク:今回、自分の曲は自分一人でスタジオに歌いに行って、二人にはそれぞれの曲の歌録りのときにディレクションとして来てもらったんです。それで、「ここはどうしたらいいですか」と聞きながら録りました。今回、フクスケさんの曲の歌録りが先で、何時間かスタジオをとって3曲歌ったんですけど、延長しないとダメかもというぐらいギリギリで…。
全員:(笑)
シャラク:でも、その後スタジオが空いていなくて延長できなかったので、頑張って終わらせたんです。どの曲にもすごく苦戦しました。その後にリウさんの曲の歌録りだったので、フクスケさんのときはこうだったから、もしかすると終わらないかもしれない。終わらなかったらすみません…と思っていたんです。でも、今回のリウさんの曲は自分に入ってきやすい譜割りで。これまで、リウさんの曲も歌録りで時間がかかっていたんですけど、本人に直接「これはどうですか」と聞くことができたこともあってスムーズでした。
リウ:早く終わったからハモリまで録ってもらいました(笑)。

前作収録曲の「汚レテ汚レタ時刻ニ」のレコーディングの時にも、フクスケさんにスタジオに同行してもらって、ニュアンスを聞きながらレコーディングしていましたよね。そのとき、「(次回も)お手数ですが、来てもらうと録りが早いなと…」と言っていたので今回どうだったのか気になっていました。

シャラク:「失敗だ傑作だ」には大苦戦しましたけど、フクスケから「こういう感じで」というのを聞くことができたので、それぞれの曲のニュアンスを聞きながら歌録りする方法は、今後もできればやりたいと思いました。

一人で歌うのとは異なる仕上がりなんですね。

シャラク:そうですね。自分だけで録っていたら、今回の二人の曲はこういう感じの歌にはならなかったと思います。

なるほど。ところで、「失敗だ傑作だ」の歌詞に〈未来のかたち〉という歌詞がありますが、コロナ禍を経て、フクスケさんの思い描いている未来に変化はありましたか?

フクスケ:僕は元々それほど未来を見据えるタイプではないので、歌詞でも「未来がどうなるかわからない」「未来が嫌なものだったら嫌だな」ということしか言っていないんです。そして最終的にはサビで歌っているように、夢オチだったらいいという考えなので、そこまで未来を見据えて考えているわけではなく、今この瞬間を見ているという感じです。