2018.6.1
sads@恵比寿LIQUIDROOM
『EVIL 77』
いよいよsadsが動き始めた。2010年7月発表のアルバム『THE 7 DEADLY SINS』をもって復活を遂げたこのバンドは、以降、“7”という数字を自らのテーマとするかのように、7月に集中的にライヴ活動を展開してきた。もちろん今年も例外ではなく、7月6日には『FALLING』と銘打たれた全7公演のツアーも始まる。が、今年は6月の到来とともに彼らが動き始めた。6月1日、東京・恵比寿リキッドルームにて『EVIL 77』と題された、これまた全7公演に及ぶ対バン形式のシリーズ・ギグが開幕を迎えたのだ。
去る5月25日にはROTTENGRAFFTYの名古屋公演にゲスト出演していたりもするが、sadsがいわゆる対バンというスタイルでのライヴを行なうこと自体が、本来はめずらしい。しかも今回の『EVIL 77』に名を連ねているのは、意外とか想定外といった言葉では言い尽くせないほど驚きを伴う顔ぶれ。その公演初日にまずステージに登場したのは、東京ゲゲゲイ。ダンスを主体としたパフォーマンスで人気の5人組アーティスト集団である。
いわゆるバンド形態ですらないこのグループが披露したのは、いわゆるロック然としたライヴではなく、むしろ小劇場やショウ・パブで楽しむショウというかレビューのような空気を伴ったもの。生演奏はゲスト出演者によるピアノ演奏のみだ。が、とにかくリーダーのMIKEYをはじめとするメンバーたちの吸引力がすごい。気が付けば両眼は見事にシンクロしたダンス・パフォーマンスに釘付けになり、そのMIKEYの性別を超越したクセの強い歌声に耳を奪われる。フロアの何割かを占めるゲゲラー(このグループのファンはこう呼ばれるのだそうだ)は赤いペンライトを揺らしながら、MIKEYたちの扇動に応えていく。
そのMIKEYが口にしたことで印象的だったのは、対バンという形式が自分たちにとって初であるのみならず、その言葉の意味すらもわからなかったという話。完全にバンド文化とは違う世界に住んでいる人たちなのだ。が、ステージという聖域に立って徹底的に観衆を楽しませようとするプロ意識の高さとサービス精神の旺盛さには恐れ入ったし、ある意味、ロック・バンドにとっても学ぶべきところがあるように思えた。オリジナル曲のみならずMIKEYが多大なる影響を受けたというホイットニー・ヒューストンのカヴァーまで登場したそのライヴは1時間を超えたが、その時間経過は本当にあっという間のように感じられた。
この『EVIL 77』では、こうしてゲスト出演者にもたっぷりと演奏時間が確保され、当然ながらsads自体もフルサイズに近いステージを繰り広げることになる。だから「どうせ対バンだと各々のライヴが短いんでしょ?」という思い込みは禁物だ。
フロアを温めるどころではなく、初めて観る者たちをも確実に自らの世界に引きずり込んでみせた東京ゲゲゲイの賑やかなステージ終了から25分ほどを過ぎると、場内はふたたび暗転。赤いペンライトの光は姿を消し、代わりにメロイック・サインが掲げられる。実際に音が聴こえてくる前から、その場に邪悪な匂いの空気が漂い始める。最初に炸裂したのは「See A Pink Thin Cellophane」。その重厚かつ鋭利な音のカタマリに、まず殺られる。そして、清春の挑発的な歌声がそこに絡みついていく。これほどまでに妖艶なヘヴィ・ロックというのが他に存在するだろうか? sadsはやはり唯一無二だ。わかりきっていたはずのことではあるが、1曲目からそれを再確認させられる。
「東京ゲゲゲイの皆さんに会えたからもう帰っていいのかなと思ったけど、僕らのファンも来てるかもしれないので」
2曲目の「Metal Fur」を歌い終えた清春は、今回の出演オファーをすぐさま快諾したという東京ゲゲゲイに向けて感謝の言葉を述べ、自身もそのパフォーマンスを楽しんだことを認め、冗談めかしながら言葉の棘を投げつけてくる。フロアの熱は確実に高まりをみせているが、まだまだ彼には足りないのだ。そして、それに応えるようにオーディエンスは歓声の音量を上げていく。
ただ、正直なところこの夜のsadsのライヴは、彼らのベスト・パフォーマンスと呼べるものではなかった。たとえば「May I Stay」の演奏を途中で止め、最初からやり直すといった場面もみられたし、どことなく“ツアー初日感”のような空気が感じられた部分があったことも否めない。とはいえ、それでも高い精度と強い刺激をもって繰り出される過激チューンの連発は、観る者を興奮させずにおかない。加えて、そうした曲の合間に披露される清春のMCには、圧縮された緊張感を一気に緩和するような独特の作用がある。彼がどんな話をしたかについてすべてを知る権利は当日のオーディエンスだけにあるはずだから具体的に記述することは控えておくが、あれほど激しい曲同士の合間に、靴ひもの話をして観客を沸かせてしまうフロントマンなど、彼以外にいないだろう。
まさに畳み掛けるような後半の演奏をもってひとたびステージから去った後、アンコールに応えて彼らが披露したのは、久しぶりの「PORNO STAR」。しかもこの曲では東京ゲゲゲイの面々がステージに呼びこまれ、初めてその場で聴いたはずのこの曲に合わせて身体をくねらせていた。この曲が始まる前に繰り広げられたトークについてもバラエティ番組顔負けの面白さだったことを付け加えておきたい。また、ことにその場面では東京ゲゲゲイのBOWが大活躍だった。ある意味、キャラクターの際立ったメンバーが揃っているという点も、sadsと東京ゲゲゲイの共通点だといえる。
また、その「PORNO STAR」を歌い終えた清春が発した言葉も印象的だった。彼は、「あんまりこういう曲もやらなくなりますんで」と言ったのだ。実際、この日の演奏メニューには、「May I Stay」や「Breathless」といった比較的新しい楽曲が含まれていたとはいえ、むしろ往年の楽曲も多く、そうした意味においてはあまり“今”を強調してみせるものではなかった。そして清春のこの発言が示唆しているのは、7月に幕を開ける『FALLING』が、新しいsadsを披露する場になるのだということ。実際、ステージ上からも伝えられたが、彼らは現在、昨年の春に加入したYUTARO(B)を擁する現ラインナップでの初の公式音源となるフル・アルバムの制作を進めており、そのアルバム自体もどうやら『FALLING』という表題になるらしい。
つまり同ツアーの開幕とともに、sadsは新しい局面を迎えることになるというわけだ。そして、それが訪れるまでのごく限られた時間しか、今のsadsには触れることができない。そうした意味においても、この『EVIL 77』は必見といえるし、今後の公演でも奇想天外なコラボレーションが繰り広げられることになるかもしれない。もちろんそればかりを期待するわけではないが、この先、公演を重ねるたびにsadsのステージは刺激度を高めていくことになるに違いない。それを信じて、また足を運びたいものである。
(文・増田勇一/写真・柏田芳敬)