インタビュー プレゼント

KING

KING

今始まるこの歌が、どこまでも響くように――。
41歳でのメジャーデビュー。諦めなかった男、KING RYOの生き様。

LAID(1994~2002年)解散後の2003年、フロントマンであるRYOを中心に結成したKING。約10年間のバンド活動を経た後、RYOのソロプロジェクトとして5年目を迎えた2017年、シングル『NEVER END,CRY』、アルバム『GO TIME』をリリースし、41歳にして初のメジャーデビューを果たした。この1年間の集大成となるワンマンライブ「獅子王」を1月19日に控えながら、過密スケジュールの真っ只中にいたRYOに、幼少期から現在に至るまで、そして今後の展望について話を聞いた“KING RYO”の生き様に迫るロングインタビュー。

◆彼が「ええで」と言ってくれなかったら、音楽自体をもうやっていないかもしれない

――今回はRYOさんの音楽家人生を掘り下げていきたいと思います。大分遡りますが、どんな子供時代でしたか?

RYO:すごく引っ込み思案で、憧れの人がウルトラマンタロウでした。ヒーローものを見て、あんな風になれたらいいなと夢見る、極々普通の子。むしろ、普通の子よりも大人しかったと思いますよ。父子家庭で育ったので、両親がいる家庭に憧れを抱きつつ、出しゃばったらあかんなみたいな、ちょっと奥ゆかしい子供だったと思います。

――小学生の頃、音楽の授業は好きでしたか?

RYO:音楽の時間は好きで、歌うのも好きでした。声変わりするまでは結構高い声で、いい調子で歌っていたんですけど、小学校低学年の頃って、そういうことで出しゃばると、出る杭を打たれるみたいな感じあるじゃないですか。「お前、調子乗ってんちゃうの?」みたいな空気を感じて、大きな声で歌うのをスッと辞めました。

――初めて買ったCDは?

RYO:小学校4年生くらいの時に、何も知らずにマイケル・ジャクソンを買ったんですよ。志村けんさんの番組で、マイケル・ジャクソンの「Bad」に乗せて「だいじょぶだ~」って言っていて、これが欲しい!と思って。その次に買ったのが、ボン・ジョヴィ。当時、AXIAのCMで「Livin’ On A Prayer」が流れていて、この曲カッコいいなぁと思って買ったんです。それもボン・ジョヴィとか知らずに。それが今に結び付いているとかではないんですけど、たまたまその2枚でした。

――小学生でマイケル・ジャクソンとボン・ジョヴィって、カッコいいですね。

RYO:でしょ(笑)? 音楽に関して特別興味があったというわけではなく、何となくだったんですけどね。

――バンドに興味を持ったのは?

RYO:最初に興味を持ったのはBOØWYです。友達のお兄ちゃんがBOØWYのファンで、その子の家でDVDを一緒に見ていました。ただ、うちの学校はフォークブームで、尾崎豊さんや長渕剛さんが人気だったんですよね。BOØWYが好きとか言ったら叩かれるんちゃうかなと思って、2~3人で集まってこっそりDVDを見て、「カッコいいなぁ。こんなのやってみたいな」と思いつつ、大きな声で「BOØWYが好きです!」とは言えなかったんですよね。

――そうなんですね。

RYO:ずっと一緒にやっているベーシストのJunichiroくんは、同じ学校内のモテグループだったんですよ。フォークギターを鳴らしながら女の子がたくさん周りにいて、カッコいいなぁと思っていました。そんなある日、中に切り抜きとかを挟める透明の下敷きに僕がBOØWYを入れていたら、彼が「これ何?」となって、「うわっ、見つかった!」と(笑)。モテ不良グループと非モテ地味グループがグッと歩み寄った瞬間ですね。そこから彼にBOØWYを教えて、仲良くなっていきました。

――面白い展開ですね。そこからバンドを始めたきっかけは?

RYO:身近に音楽をやってモテている奴がいたので、僕もモテたいと。ありがちな話です。それが中2くらいですね。

――パートは最初からヴォーカルだったんですか?

RYO:最初はギターだったんですよ。ギターからベースになって、最終的にヴォーカルになりました。

――珍しいパターンですね。

RYO:ベースは1週間くらい挟みました(笑)。KINGの前にLAIDというバンドをやっていたんですけど、実はLAIDを始めた時、僕はベーススタートで、Junichiroくんがヴォーカルだったんです。当時、みんな近所で大阪の吹田で一緒にやっていたんですけど、僕が引っ越しちゃって、ベースを担いで吹田まで通うのは億劫だなと(笑)。「代わってくれへん?」と言ったら「ええで」ということで、入れ替わったんです。彼が「ええで」と言ってくれなかったら、僕がベースで彼がヴォーカルをやって、今頃何か違うことをやっていたかもしれないし、音楽自体をもうやっていないかもしれないですよね。

――そこからLAIDが始まったんですね。当時、LAIDはいわゆるソフビと言われるカテゴリーだったのでしょうか?

RYO:正直、LAIDの進む道としては、最初はLUNA SEAになりたかったんですよ。途中でhide with Spread Beaverに憧れて、上京した時にはもうパンキッシュな方向にいっていたんですけど、世の中的にはソフビだったんでしょうね。あの頃のLUNA SEAは今みたいな大人ロックではなくて、完全に真っ黒に振り切った感じだったじゃないですか。あんな感じになりたかったんですけど、多分、僕らはなりきれなくて、結果的にソフビになってしまったという中途半端感があったかもしれないですね。コテコテの化粧をした人たちと、軽く化粧をした人たちを、ヴィジュアル系とソフトヴィジュアル系に分けている感じがそもそも嫌で、ジャンルとかを決めずにいようねと言いながら、いつもソフビのイベントに出ていました(笑)。

◆40歳の自分が頑張っていれば、45歳の自分はきっと歌っている

――LAIDが2002年に解散し、RYOさんは2003年にKINGを結成したわけですが、バンドであることへのこだわりがあったのでしょうか?

RYO:LAIDとKINGの間に、LYCHEEというバンドを8ヵ月ほどやっていまして。ドラムがLAIDのTAKAFUMI、ベースがILLUMINAのTAKA、ギターがOZWORLDの日暮和広とHideという5人で結成したんですけど、LAIDでロックなことをやり切ったから、ちょっと違うことをやろうと思って、デジロック的な方向で無機質なものをやろうとしたんです。でも、8ヵ月でこれはダメだなと。自分自身の全ての良さが消える。やっぱり性に合わないものは合わないんですよね。メンバーとも仲が良かったのに何となくフワッと別れてしまって、ちょっと心残りではあります。

――なるほど。

RYO:すぐにKINGを始めたんですけど、やっぱりLAIDに立ち返るんですよね。ああいうものをやりたい、ああいうものじゃないと良さが出ないと思って、最初の半年くらいはソロだったんですよ。サポートメンバーとしてドラム3人、ベース3人、ギター3人が入れ替わり立ち替わりでやって、やっぱりバンドがいいなと思ったんですよね。ソロで出せないバンド力みたいなものがあるので。バンドに戻して約10年続けることができたんですけど、皆、色々な事情が出てくるじゃないですか。そこでKINGを止めることもできたんですけど、みんなに許可をもらって、一人でKINGの看板を背負うわと。KINGを捨てたら新しいことにチャレンジできるかもしれないけど、KINGの看板を背負うということは、一人だから「もうKINGやーめた」ということはできない。僕が歌おうと思えばKINGができる。だから頑張ろうと5年前に今の形がスタートしました。もう1回ソロに戻ったんですよね。

――再びソロプロジェクトになってみて、最初の半年の時と感覚の違いはありましたか?

RYO:すごく似ているんですけど、責任が違う気がしています。あの頃はそんなに責任を感じていなくて衝動で始めたけど、今は仲間やファンの子と一緒に作ってきた10年間を背負ってやっている。ソロに戻る時、助けてくれる仲間たちと今からもう1回積み上げられるかなと思ったんですよね。やればやるほど、やっぱりバンドにしたいといつも思いますけど、形を作ってしまったら壊れる。壊さないために一人になったので、その代わり、自分のプライドを守ってくれている仲間たちのプライドも守っていかないとダメだなと思って。底辺でずっとやっているようなものではなくて、一つでも階段を上がっていっているようなライブをしていけたらいいなと思ってやっています。

――今、ソロプロジェクトとして活動しているのは、ある種、潔い決断だったんですね。

RYO:腹は括っています。ただ、仲間たちは、仮にKINGが「ミュージックステーション」(テレビ朝日)に出るようなことがあったら、その日だけでいいからバンドにしてくれと言っていて(笑)。一緒にあの階段を降りたいと(笑)。バックバンドだと演奏する時しか出られないからね(笑)。

――(笑)。お話を聞いていて、今、とても良い空気感なんだろうなというのが伝わってきます。

RYO:みんなも僕がソロでやるということを望んでいる気がします。無責任な責任感というか、彼らがKINGに対してものすごく責任を感じてくれているのがわかるし、とは言え、外からも見てくれているんですよ。バンドって全員が中から見ているけど、そういう意味ではKINGの場合は違ったアプローチができているなと。結果的に最近、みんなの意見がすごく強くなってきて、そういう時は右から左に流して(笑)。

――なんだか逆にすごくバンドっぽいですね。

RYO:逆にね(笑)。高校生のやり始めのバンドってこんな感じかなと思います。

――2017年5月24日にシングル『NEVER END,CRY』を、9月6日にアルバム『GO TIME』をリリースし、41歳にしてメジャーデビューを果たしたわけですが、デビューまでの経緯というのは?

RYO:きっかけを与えてくださった方はいるんですけど、非常に悩みました。現状のままのほうが継続していくことがそんなに難しくないんじゃないかなという思いもあったし、事務所的なことを個人でやっているので、今までだったら全部の責任を負えたけど、それが変わってくるわけで。それと、LAIDで上京してからもう約20年やっているんですけど、メジャーデビューというのが初めてなので、今さらという気持ちも正直ありました。でも、周りの人たちが背中を押してくれて、「41歳でメジャーデビューする、諦めなかった男が夢の一つを叶えるって、素敵やん?」って。

――素敵な助言ですね。

RYO:不安に思いながらも踏み出したら、色々な人たちが自分のことのように喜んでくれて、後輩のバンドマンが「すごく勇気をもらえました。諦めなかったらこういうことが起こるんだということを見せてくれて、ありがとうございます」と言ってくれたり。親はずっと応援してくれていて、10年くらい前にもう飽きられているんですけど(笑)、今回のことはすごく喜んでくれました。やっぱりチャレンジするべきだったんでしょうね。以前、サポートドラムのSHINGOが「3年経って勝負してダメだったら、KINGというものはこの先この位置でしか飛べない」と言っていて。メジャーのお話をもらった時に、あぁこれかなと。今日もそうですけど、今まで自分たちだけでやっている時には会えなかった、色々な人に会えているんですよね。そういう出会いを大事にしていきたいです。40歳の自分が頑張っていれば、45歳の自分はきっと歌っている。今歌っている自分がいるのは、30代の自分が頑張ったからだと思うんです。常にそういう風にやっていきたいですね。

――2016年8月7日~2017年9月17日、LAIDが期間限定で復活しましたよね。

RYO:今思うと、やって良かったなと思います。このLAIDの活動とメジャーデビューが同時に動いていたんですけど、KINGがそういうフィールドに行ったが故に、よりソロ感が強くなっていたというのがあるんですよね。KINGではみんなのことを守らなければいけないと自分の中でギュッと塊になっていたんですけど、LAIDはバンドだからみんなに「あれやって、これやって」と言えるわけで、それがたまらなかったです(笑)。本当にバンドっていいなと思いました。適材適所、役割分担があって、そういうのがKINGにないわけじゃないですけど、言いたくても言えない。LAIDにはそれが言える。この二つが同時に動いていたので、しんどい時にLAIDがいてくれた気がします。

――同時だったが故に精神的なバランスが保てたんですね。

RYO:KINGだけで走っていたら、この1年間、自分でも経験したことのないことをいっぱい経験させてもらったので、潰れるとまではいかないかもしれないけど、1週間くらいいなくなっていたかもしれないです(笑)。

――結果的にすごく良かったですね。

RYO:ファンの子があんなに忘れずにいてくれたというのが、仕掛け人のY氏の言葉を思い出します。「ファンが待っているんだから、やらなきゃダメだよ」って。僕も全然違う場面で同じようなことを思っていたんです。LAIDの歌をアコースティックで歌い始めた時期に、LAIDの歌を俺が歌わないと死んじゃう、聴きたいと思ってくれる人がいたら歌ってあげるべきなんじゃないかなと。そこでバチっとハマったんですよね。Y氏との付き合いは友人みたいなもので、面白い種をどうやって咲かせようかというのを一緒に考えてくれる人だと思うんですけど、たまにハッとすることを言うんですよね。この人、ミュージシャンっぽいことを言うなと思って。そういうところは一緒にいて面白いですね。ただの変な人じゃないんだなと(笑)。

――すごく色々なことを俯瞰でちゃんと見てくれていますよね。

RYO:無理難題を投げかけるのが彼の面白いところで。バンドに爪痕を残そうっていう。それってメンバーみたいなことなんですよね。すごく愛のある行動だなと。もしくは適当に言っているのか(笑)。でも、適当じゃないというのがわかるので、すごく信用しています。まぁ今、周りにいる人は信じないと無理ですね。信じて裏切られても信じます。それがKING RYOでありたいなと思って。僕、「クソー!」と思ったことを割とすぐに昇華できるので、一番の強みはそこかなと思います。

◆良いメロディーをいかにロック的にやれるか

――KINGは現在ソロプロジェクトでありながらとてもバンドっぽい空気感のようですが、音源の制作方法もやはりバンドっぽいのでしょうか?

RYO:バンドよりもバンドっぽいかもしれないですね。ドラムはある程度の指示を与えたら「すごいの叩いて」って言います。ギターもセンスのある二人なので、「好きなようにやってみて」と。どうしても嫌だったら言いますけど、今までそういうことがないので。ベースは全てを繋ぎ合わせる部分なので重要で、彼がいてくれるお陰で派手なドラムと派手なギターが上手く調和されて、そこにヴォーカルを入れるわけですけど、みんな歌が入れにくいようなことはしてこないですね。曲も、何人か作家さんがいるんですけど、「あなたがKING RYOに歌ってほしいと思う曲をプレゼントしてくれない? それを一生懸命歌うから」と。だから、ハマる曲ハマらない曲があるかもしれないですけど、面白いじゃないですか。歌詞は九分九厘、僕が書いているんですけど、今回のアルバムではワケありで1曲譲りました。

――ワケありとは…?

RYO:MORIくん(wyse)作曲の「Into the brand new world」は、元々は他のバンドの子に書いてあげた曲なんですよ。でも「これ、KINGに合うと思うんだよね。もし良かったら、話つけてくれへん?」と言うので、僕が後輩に電話したわけですけど、後輩としては断る理由がないじゃないですか(笑)。むしろ「お願いします」と言ってくれて。それぞれが歌詞を書くというのは普通ですけど、MORIくんが「俺が書いて両方に歌ってもらうというのは面白いと思うんだよね」と。彼が言うには「KING RYOは歌に対しての思いを歌っているように曲が進んでいけばいい」、彼らはユニットみたいな形で活動しているので「お互いに思い合う心を歌えばいい」ということで、なるほどねと。両方の意味が取れるような歌詞なんですよね。それはそれで素晴らしいなと思いました。

――このアルバムではRYOさん以外に5人の方々が作曲していますよね。

RYO:KINGを10年やっている間にアルバムも数枚出して、ほぼ自分で曲を書いていたので、新しい風を入れたほうがいいんじゃないかと思って。どんな曲でもKING RYOで歌ってやろうじゃないかと思いながらメジャーのレコーディングに突入したら、「鳥がさえずるように歌ってください」って言われて「え?」と(笑)。僕は割と歪んでいるというかシャウトするタイプなんですけど、「そのシャウト、もうちょっと鼻から抜けるような感じで」とか言われて、「そんなもの、できませんよ」とか言いながらもやりましたけど(笑)。今まで、シャクってシャウトするのが信条だったので、最近は騙し騙し入れています(笑)。アルバムだったらちょっとくらい入れてもバレないかなと思って。まぁレコーディングも過酷だったので、シャウトするまでもなく声が枯れているという(笑)。

――今作はRYOさんの歌声が前アルバム『RE2:CYCLE』(2016年7月発売)と違うなと思ったんですよね。

RYO:前のほうが、ちょっとワルっぽいですよね。

――そうですね。全体的なカラーとしても、今作のほうがよりキャッチーさが際立っているなと。ちなみにMORIさん作曲のものは、ギタリストだからかリフが印象的だなと思いました。

RYO:wyseはメインコンポーザーであるTAKUMAくんの曲が中心に来る中、wyse自体が最近ハードになってきているから、MORIくんが書くような曲も合っているなと思います。そういうダンサブルな曲調をKINGにも吹かせてくれている気はしますね。

――「NANANA」でベースがブリブリ言っているのもバンドっぽいサウンドだなと。

RYO:それね(笑)。彼は存在感的に目立つタイプですけど、しっかりとベースらしいベースを弾く人なんです。最近、前に出て「ベースだぜ!」みたいなスラップ系の弾き方が流行っているじゃないですか。あれはあれで素晴らしいと思うんですけど、ベースの本来の役割というか、バンド全体で和音を作る時にベースがベースらしい音を出していてほしいと思うからこそ、彼のベースは素晴らしいと思うんです。そんな彼が、前に出る曲があってもいいんじゃないかなと。流行っているからではなくて、単純にお客さんが喜ぶんじゃないかなと思って、勧めてみたら出来ました(笑)。

――ライブでの見せ場ですね。先ほどキャッチーというお話をしましたが、メロの良さのクオリティーは90年代を生きてきたヴィジュアル系アーティストの強みの一つだと思うんですよね。

RYO:今、世の中的にすごさというものが際立っているけど、単純に良さというところに答えがあるんじゃないかなと思っていて。すごいのはすごいし、カッコよさに繋がるんですけど、良さって後からじんわり来る。ロックにすると間延びしたりもするんですけど、そのメロディーが秀逸で言葉とのハマりが良いと、スッと心に入って来るというか。やっぱり良い曲は何年経ってもずっと聴けるんですよね。

――そうですね。

RYO:例えば、昔の歌謡曲ってめっちゃ良いですよね。そういうものをヘヴィーな音でやれたらいいなと思います。織田哲郎さんが書いた相川七瀬さんの曲とか、すごくカッコいいなと。小室哲哉さんもそうですけど、あの時代の作家さんって本当にすごいなと思います。でも確かに、あの当時このジャンルで頑張ってきた人たちって、メロディーを作るのが上手かもしれないですね。それをいかにロック的にやれるかで、勝てるんじゃないかなと。

◆声が出なくなる未来よりも、今歌い続けることを取る

――20年以上歌い続けてきたRYOさんから見て、現在のヴィジュアル系、バンドシーンに感じることは?

RYO:星の数ほどバンドがいて、その中で埋もれないようにやれたらいいなと思うし、意思を持ってやっているものは絶対に形を成すと思うんです。自分たちの若い頃よりも色々な技術が進化している中で、フェイクじゃないものはやっぱりちゃんと形として成す。上手下手とかではなく本物の歌はちゃんと残るので、そういう歌を歌っていこうと思います。…今のヴィジュアル系の子とか、見た目の仕上がりが全然違うなと思って。男の子で可愛い子いっぱいいるでしょ。

――アーティスト写真のクオリティーが昔と違うという部分もあると思いますが(笑)。

RYO:それはね、やらないと損ですよ。でも、生っぽい写真もカッコいいなと思います。今はみんな修正したものを見慣れているから、新鮮に感じる気もするし。狐と狸の化かし合いじゃないですけど、ライブに来てガッカリされても別にいいじゃないですか。逆に実物のほうが良いと思ってもらえたら嬉しいし。音楽もジャンル関係なく、昔の人は演奏も歌もすごく上手いなと思います。そう思うと、今の時代が便利過ぎるのもよくないのかもしれないなと思ったり。もちろん今も上手い人はいますけどね。そもそもKINGのライブでも、生の音以外も鳴っているので、それを否定はしていないんですよ。より良いものを届けるものために必要なものであれば。ただ、なくてもできる技術は持っていますよと。

――そんなKINGのパフォーマンスを堪能できるワンマンライブ「獅子王」が1月19日にTSUTAYA O-WESTで行われます。

RYO:もちろん、打ち込んだものも入るんですけど、鍵盤でDIEさんがいてくれるのもあって、割と生に近い状態で今のKINGを見せられるんじゃないかなと思います。僕らはまだ“大人ロック”になったらあかんのですよ。ちょっとヤンチャな感じのパワー感を見せられたらいいなと思っていて。「獅子王」って、1年間の答えなんですよね。これで3回目になるんですけど、毎年恒例にしたいなと。年明けのワンマンではあるんですけど、どちらかと言うと、気持ち的にはこの1年間頑張ってきた何かというものに近いかもしれないです。

――1年間の集大成を1月に見せるという。

RYO:これがいつか1年間の成果ではなく、新年にみんなが楽しみにしてくれるイベントになるように続けていかなければいけないなと思いますね。1年に1回のお祭りみたいな感じになるまで、まだ少し時間がかかるかなと。まずは、メジャーデビューしたKINGの1年の成果が今回の「獅子王」に表れると思うので、観に来て感じてほしいなと思います。

――会場は今後も毎年同じ場所にする予定ですか?

RYO:今後どんな状況になろうと、今よりキャパを下げることはないです。ここからスタートしたので。O-WESTがパンパンにソールドアウトできるようになった時に、次のところにチャレンジできたらいいなと思います。

――現在(※取材は2017年末)は次の作品の制作真っ只中でしょうか?

RYO:真っ只中でございます。12月29日、30日に歌録りですよ。ちなみに28日、31日がライブで、元旦は丸々死んでいて、1月2日は移動で3日は和歌山、5日、6日が大阪、8日が柏です。

――めちゃくちゃ詰まっていますね! 最後に、今後の展望を教えてください。

RYO:諦めの悪い私ですが、今はKING RYO一人でやっているつもりはなくて、色々な人を巻き込んでやっているので、自分が頑張ってできることであれば全部やっていこうと思っています。数年先に光りながら歌っている自分を、そして周りに仲間たちがいる状況を作り上げたいので、2018年はより濃く責任を全うしていきたいです。ヴォーカリストとしては、ちょっと歌い過ぎな部分もあるので、少しペースを考えたいなと思います。

――年間100本以上ライブを行っているんですよね。

RYO:そうなんです。でも、やっぱりやるんだと思います。多分、声が出なくなる未来よりも、今歌い続けることを取りますね。そういう性分な気がします。じゃないと、今一緒にやってくれている仲間と肩を並べられないので。

(文・金多賀歩美)

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ARTIST PROFILE

KING

<プロフィール>

LAID(1994~2002年)解散後、2003年にRYO(Vo)を中心に結成。約10年間の活動の後、現在はRYOのソロプロジェクトとして活動。主なサポートメンバーは、MORI(G/wyse)、KENJI(G/ex.CLOSE、ex.LAID)、Junichiro(B/ex.LAID)、SHINGO(Dr/ex.JURASSIC)。近年では、DIE(Key/hide with Spread Beaver、Ra:IN)も加わり、年間100本以上という勢力的なライブ活動を展開している。2017年5月24日、シングル『NEVER END,CRY』で初のメジャーデビューを果たし、9月6日にアルバム『GO TIME』をリリース。2018年1月19日にワンマンライブ「獅子王」を行う。

■オフィシャルサイト
https://www.kingryo.com/

【リリース情報】

GO TIME
2017年9月6日(水)発売
(コロムビア・マーケティング)

GO TIME
QAFJ-10003
¥3,240(税込)
amazon.co.jpで買う

【収録曲】

01. ユレユラ…
02. NEVER END,CRY
03. 流星
04. NANANA
05. ONE NEW WORLD
06. Halation love
07. Virgin shock
08. CAN DO!
09. inside, black fear
10. Into the brand new world
11. AIR
12. so cry, my love

【ライブ情報】

●FAN CLUB ONLY LIVE『RYO Birthday Party -RYO VS KING復刻版-』
1月14日(日)渋谷RUIDO K2
出演:RYO(アコースティック)、KING

●KING ONEMAN LIVE『獅子王』
1月19日(金)渋谷 TSUTAYA O-WEST

●『中野隆司生誕祭2018 二日目 ~Carnivorous Party編・カニパフェス~』
1月27日(土)吉祥寺SHUFFLE
出演:Carnivorous Party、The不死ズム、有田健太郎、都竹宏樹、S.H.E、宮坂浩章、大橋良康(from 新潟)、松本耕平、ラヴァーフェニックス、笛ラジオ、黒猫財閥、キャズキングダム、もりきこ、KING

●『TOUR’2018 [BLAZE] / GOKU★FES vol.6 ~YUKI☆Birthday Party~』
2月3日(土)LIVE HOUSE D’
出演:極彩G12、KING、直道、ジャシー and more…

●『UCHUSENTAI:NOIZ presents 宇宙FES〝開幕"』
2月12日(月)柏PALOOZA
出演:UCHUSENTAI:NOIZ、SEX MACHINEGUNS、KING、NoGoD、ザ・キャプテンズ、アンティック-珈琲店-

●『自分で祝います。ノブ祭』
2月18日(日)SHIBUYA DESEO
出演:ノブBAND、HIDEKING project、GANJIN、Crossover&Co.、KING、ジュリアナの祟り、TRIPPER

●MIRAGE&Matina 20TH ANNIVERSARY YEAR『BURIAL OF EPISODE -TOKYO-』
3月31日(土)新宿BLAZE
出演:MIRAGE -2018.3.31 MIRAGE メンバー-(Vo:AKIRA / G:YAYOI / G:A・O・I(SHAZNA/R2Y+J) / B:KISAKI / Ds:魔太朗(Jesus Believe Me/VANIRU他))、覇叉羅、TOKYO YANKEES、THE DEAD P☆P STARS、KING、Dear Loving、魔帝那オールスターズ(Vo:幸樹(ダウト) / G:龍兎(少女-ロリヰタ-23区) / G:MiA(MEJIBRAY) / B:塩谷朋之(More) / Ds:テロ(†я i ¢к他))、Sclaim(O.A/開場中の演奏となります)