名店『肉山』の創業オーナーで、株式会社個人商店 代表取締役の光山英明氏との対談後編は、『肉山』オープンまでのいきさつ、変遷を中心に、「『肉山』を始めてから、めちゃくちゃ変わった」という光山氏の近年の活動、今後の展望まで多岐に渡るトークが展開されました。日本中の焼肉店の中で最も写真を撮られている店主(本人談)になった、意外な理由も明らかに。また、多くの失敗を繰り返しながら現在の成功を手にしている光山氏の生き方から、様々な気付きを得られる必読の内容です!

◆次の日にまた同じことをしたらアホやから、違うと思ったらすぐやり直す(光山英明)

千聖:その後、やっと『肉山』に辿り着くんですね。

光山英明(以下、光山):展開するのが落ち着いて、8年くらいが終わった辺りでスタッフもしっかりしてきたし、現場に週1回くらいしか入らなくなって、10年目の1年間くらいはほとんど入ってなかったんです。それが42歳くらい。それからちょうど『わ』10周年(2012年)の時に、たまたまこの物件が空いていて、まだ引退する歳でもないし10年を機に何かやろうかなと。その時は完全なコンセプトを持っていたわけではなかったです。ただ、今まではお客さんが焼くパターンだったけど、店側が焼いて提供する何かをやろうと。

千聖:焼肉屋さんの世の中のイメージは、お客さんが焼くというものですが、それを店側が焼いて出そうと思ったのはなぜですか?

光山:その段階ではまだ肉と限ったわけではなかったんです。でも考えたらやっぱり肉しかないよねと。最初は、肉を焼こう、じゃあその肉ってなんやねん、俺が肉って決めたら肉やと。例えば、大トロを食べて「お肉みたい」って言ったことある人いると思うんだけど、「はい、それがお肉です」と(笑)。俺が認定したら肉(笑)。ということを考えていたんだけど、ちょっとそこまでできないなと思って、じゃあ牛肉だけじゃなくていろんな肉を塊で焼こうと。店をやり始めて10年歳取ってるし、飽きたお客さんにも戻ってきてほしいし、皆も一緒に歳取ってるから食べやすいものがやりたいなというのがあって、豚肉、馬肉、牛肉もサシが入っているものじゃなくてということで、ぼんやりこんな感じになったんです。

千聖:食べやすいという部分で赤身肉が登場してくるんですね。今は完全に赤身肉がブームというか主流じゃないですか。光山さんはもっと前からやっているわけですけど、なぜそこに出会ったのかというのを聞きたかったんです。

光山:まぁでも、昔からレストランで出てくるメインの肉って絶対赤身だったんですよね。サーロインやミスジは出てこない。うちの後輩がそういう業者をやっていて、「塊で焼くなら、きっちり焼いたら美味しいですよ」と。値段も今ほど高くなかったし。今は当時の倍近くなっていますけど。

千聖:『肉山』を創った時に、赤身肉のお店ですっていうのを出したわけですよね?

光山:最初は店名にキッチリ入れちゃうんですよ。例えば『わ』だと「ホルモン酒場焼酎家『わ』」。で、段々認知されていくと一つずつ外していくんです。焼酎を外して「ホルモン『わ』」と。ホルモンも認知されてきたら『わ』だけに。最初ここも、雑誌とかに出る時は「赤身『肉山』」と出していたんです。その期間を知っている人はあまりいないんだけど。最初は冠を付けて、認知されてきたらそっと外す。いつもそうしているんですよ。

千聖:以前、そんなに力を入れて『肉山』をやるつもりじゃなかったとおっしゃっていましたよね。

光山:やる前の1年間くらい遊んだりもしていたんですけど、『肉山』は家賃がめちゃめちゃ安くて1フロア11万円くらいなので、そこで働いて店が俺を拘束すると、遊びに行くこともなくなるから金も使わないし、店にいるだけで利益みたいな。で、こんな感じのものを5千円で出したいんだというのを仲間内6人くらいに出したんですよ。コース5千円、+酒を飲む人は1万円というコンセプトはもう決まっていたんです。で、俺が焼いて出す。あと、卒業したお客さんたちと昔話をしながら楽しく一緒に飲みたかったんですよ。だから1日6人くらいでMAX6万円。そしたら皆が「このスタイルでやったら間違いなく流行りますよ」って言うんだけど、「いやいや、流行っても俺は6人以上入れないから」って言って。20席くらい取れる状態ではあったんですけど。でも3日も経たない間に、なんでここ空いてんのやろって悔しくなってきて(笑)。自分でコンセプト作ったくせに、やっぱり8でいいかな…いや、9座れるよねって(笑)。

千聖:(笑)

光山:最初はカウンターだけで6席だったのを9席に増やして、テーブルは荷物置き場にしていたんですけど、その後テーブルも使いだして(笑)。あまりにもお客さんの反応が良かったので。

千聖:それで今の状態になったんですね。最初は夜だけだったんですか?

光山:夜だけ。

千聖:最初から完全予約制ではあったんですか?

光山:今は昼、17時、20時となっているけど、最初は完全予約制ではなく、何時から何時までいてもらってもいいんですけどラスト入店は20時半で、事前に電話をくださいというくらいでした。やっていくうちに段々忙しくなって、焼いていてもどれが誰の肉かわからなくなってきて(笑)。あれ? 18時に来た人に同じ肉もう一回出してるなという事態になって(笑)。

千聖:(笑)

光山:これわからんなー、どうしようとなって、肉を木箱に入れるようになったんです。例えば、この木箱は田中さんの分のお肉、これは山田さんの分のお肉と。そこに時間も書いて。で、お客さんに「今日はこのお肉を出します」というのを木箱で見せるんですよ。そしたら、あんな木箱に入ったお肉なんて普段見ることがないから、皆「うわ~」ってなって。で、写真を撮られるようになって、どんどんSNSとかで拡散されていったんですよね。たぶん俺、日本中の焼肉屋さんで一番写真を撮られている店主だと思います。

千聖:ネットですっごい出てきますよね。なるほど、それが今「のんき」とかでもやっているスタイルになっているんですね。

光山:そうそう。あれをやり始めたのが3年前で、今は皆やってくれているけど。で、今度はどれが誰の木箱かわからなくなるっていう(笑)。なので、木箱に名前も貼るようになって。そんな細かいミスもたくさんあるんですよ。

千聖:僕、パフォーマンスとして見ていたんですけど、元々は理に適ったものだったんですね。

光山:元々は自分が間違えないようにっていうだけだったんですけど、お客さんにもわかりやすい。順番に4個出した辺りでお客さんを見たらお腹いっぱいそうだったので、「あとこれとこれが残っていますけど、どうします?」って木箱で見せて「あと1個でいいです」という風になったり。今はさらに忙しくなってそれはできなくなって、部位ごとに木箱を分けています。

千聖:肉以外の食材のバランスは計算されたんですか?

光山:何も考えてないっす。よく「めっちゃ考えてる。計算尽く」って言われるんですけど、全然考えてない。八百屋さんに「炭で焼ける野菜持って来てください」って(笑)。

千聖:(爆笑)

光山:要は、サンチュを持ってこられても焼けないじゃないですか。だから焼けるやつで、時間がかからないやつ。例えば最初の頃はレンコンもあったんだけど、すごく時間がかかるからやめました。だから、案外計算されてないっていう(笑)。

千聖:でも、焼く側と食べる側のバランスで決めている感じですね。

光山:確かにそうやね。5千円払ってもらうに当たって、損はさせたらあかんというのが絶対にあるので、これは入れておかなあかんやろというものを入れている感じ。ずっとホルモン屋をやっていると、食べ物だけで5千円払ってもらうなんて、夢みたいな話だったので。

千聖:ホルモンとはまた別の肉の世界が広がったんですね。

光山:『肉山』を始めてから、めちゃくちゃ変わってビックリした。こんなに風になるとは思ってなかったもん。Facebookとかの影響もあると思うけど、ここまでブレイクするとは。お客さんの層もめちゃくちゃ変わったし。

千聖:今年、光山さんが久々に1日だけ『わ』に入った時に、僕も行かせてもらったんですけど、もう光山さんのファンだらけなんですよね。

光山:過去最高売り上げなんですよ(笑)。後半、14席しかないのに30人くらいいて、立ち飲みになってて(笑)。もう誰が何飲んでるかわからへんわけよ。だから伝票も付けられないし、お会計どうしましょうってなって、「よくわからないから3千円以上払っていってください」と。そしたら5千円置いていく人もいたり、酔っ払っていて1万円置いて「お釣りいらん」っていう人がいたり、すごかった(笑)。

千聖:同業者の方たちが後半に詰めかけてましたもんね。僕は前半に行っていたので、お行儀よく食べられましたけど、それでも光山さんがあそこに立つということに感動して、「光山さんが…」って震えている人がいたんですよ。僕思ったんですけど、ライブに来て、カリスマのアーティストを見て感動しているファンと変わらないんですよ。カウンターが光山さんのステージなんですよね。

光山:誰も俺がエアーで練習していたの知らんからね(笑)。

千聖:あれが今活きている(笑)。光山さん、音楽をやっていてもたぶん成功したと思います(笑)。

光山:こないだ嘉門達夫さんの曲で初めてレコーディングしたけどね(※2016年12月21日リリース嘉門達夫『食のワンダーランド~食べることは生きること 其の壱~』収録「EAT MEAT」にコーラスで参加)。〈ラー〉って言うだけなのに、外しまくりで、やっぱりあかんなと(笑)。

千聖:でも、上手い下手とかじゃなくて、光山さんは何でもいけちゃうタイプですよ(笑)。そもそも人を惹き付ける力がすごくあるので。僕も色々なカリスマの人を見てきたつもりですけど、この世界にもこういう人がいるのか、というのが最初に思ったことだったんですよね。

光山:あららら、嬉しい。でも店を始めた当時、お肉って注文をもらってから切って出すと思っていたんですよ。今でもそういうお店もあるし、実際そのほうが丁寧ではあるんですけど。タッパにも入れずに届いたまんま冷蔵庫に入れていて、レセプション一発目、注文を受けてから切ってたら、全然お客さんに出されへんわけ。そこで初めて、用意しておかなあかんねんなと(笑)。今そこですか!?みたいな(笑)。ギターで言ったら、本番始まってるのに、今ケースから出してきてやっと音合わせてるみたいな(笑)。

千聖:リハーサルやっとけよっていう(笑)。

光山:でも、次の日にまた同じことをしたらアホやから、違うと思ったらすぐやり直して。恥ずかしいことだけど、直さな仕方がないやん。そんな体験がいっぱいあるよ。その二日後にオープン当日で、兄貴が手伝いに来てくれて「米炊けよ」って言われた時に、ご飯の炊き方を知らないことに初めて気付いたり(笑)。

千聖:(爆笑)

光山:10合炊くのって、どのくらいの量だっけと。計量カップもなくて、兄貴が米屋さんにカップをもらいに行ってくれたんですよ(笑)。で、水の量はどれくらいやろ、なんか野球部の寮生活でやったことあるな、手の甲くらいまでだったかなと思ったんですけど、「そんなわけないやろ! ちゃんと計って入れろや! 手の甲ってなんやねん!」って(笑)。そんな感じだったんです(笑)。

千聖:漫画家の西原理恵子さんが光山さんを主人公に描いた漫画が伝説になっていますけど、実話だったんですね。

光山:まだ続きがあって、初日は10合のご飯がまんま残ったんです。処理の仕方がわからへんからそのままにして、翌日ちょっとパサついてたけど、まぁいけるやろうと。で、開店したらプロ野球選手の知り合いが家族で来て、開店から10分でその1升を平らげたんです。30分後に来たお客さんから「ご飯ください」って言われたんだけど、「売り切れです」って(笑)。途中で炊く能力がなかったんですよ(笑)。17時オープンで17時半に米がないって、そんな店ないやろっていう(笑)。

千聖:(爆笑)

光山:だから、店をやりたいって言う人によく「こんな俺ができたんやから絶対できるよ」って言うねん。その代わり、あかんかったことは翌日には絶対にできてなあかんでと。1週間後に同じことをしていたらアホやから。すぐ反省して、すぐやり直す。皆にこういう話をするんだけど、笑ってくれるからネタだと思われるわけ。めちゃめちゃ実話やから(笑)!

千聖:(笑)。安心させるために言ってくれているのかなと思うかもしれないですね。

光山:店が流行りだすと「働きたい!」って来るやつもいて、俺に「僕、肉切るの上手いです。焼酎詳しいです」とかアピールするやつがいるわけ。そういうやつは逆に嫌いで、「だったら俺のところに来る必要なくて、自分でやったらええやん」って言うんです。その変な自信なんやねんと(笑)。

Vif:光山さんのインタビューに「成功しそうな人は、どんくさそうな人」というものがあって印象的でした。

光山:そうそう、どんくさくていいんですよね。器用過ぎると、調子に乗ったりするから。俺がこの店回してるとか。そんなことないんですよ。確かに、飲食店でもカリスマ店長とかいると思うけど、別に抜けたってそんなに売り上げは変わらないですよ。その店自体にお客さんはしっかり付いているから。その店の空間で、その価格で、あなたの技術、みたいな感じだと思うんですよね。

千聖:僕もあの言葉は印象的で。天才とか言われている人のインタビュー系は、最終的にこの人がいないとダメなんだよねっていう、ちょっと嫌みっぽく終わっちゃうものもあると思うんですけど、どんくさい人のほうが勝つんじゃないかっていう言葉を見て、すごく面白いというかいいなと。皆、天才ではないじゃないですか。

光山:ホンマに突き抜けているやつなんて、そんなにいない。

千聖:僕も、自分が才能があると思って音楽をやっているというより、好きだからやっているというのが強かったので、あの言葉を見た時にハッとしたんですよね。ジャンルは違うんですけど、すごく深いなと思って。

光山:野茂さんやイチローだって、やっている最中はそんな風に思ってなかったと思いますよ。イチローだってドラフト4位だったし、野茂さんなんて公立高校のめっちゃ弱いチームのエースだったけど、積み重ねですよね。

千聖:選択の仕方や、自分のプロデュースの仕方をちゃんと見ているかどうかというのが、最終的なものを生み出すのかなと思いますね。

光山:すぐに諦めるのはダメですね。どうにかしようとする思いが大切。

◆まさに裸一貫から始まっているので、強い(千聖)

千聖:そして、『肉山』に行くことを「登頂する」という言葉が生まれましたよね。

光山:そうそう。自分では1回も言ったことないよ。前に、登山の恰好で来たお客さんがいて、高尾山の帰りに来たのかなと思って普通に接して普通に食べていたんですけど、後半になって「今日は高尾山の帰りですか?」って聞いたら、「違いますよ! ここに来るためにこの恰好で来たんですよ!」って(笑)。「え!? ずっと放ったらかしですいません」みたいな(笑)。

千聖:(爆笑)

光山:先に言ってくださいよっていう(笑)。ビックリするよね(笑)。

千聖:ご本人が言ってなくても、周りが勝手に作っちゃうという現象もすごいですよね。ところで、光山さんは今、本当にすごく色々とプロデュースしているじゃないですか。

光山:「何をプロデュースしているんですか?」ってよく言われるんだけど、俺はシェフじゃないから細かい味付けに関しては言えないんですよ。美味いとか、これはお客さんに出せないという判断はできるけど。だから、立ち位置というか、なんでこのスタイルでやっているの?とか、もっとこういう考え方で、こっちにもう一歩踏み出したほうがいいんじゃない?とか、そういうことをその店に合わせて言っているつもりなんですよね。

千聖:それって音楽のプロデューサーに近くて、アーティストがどっちがいいかわからないところを、こっちがいいんじゃない?って客観的に見てアドバイスするっていうやり方が、本当にプロデューサーなんだなと。

光山:「肉友」なんて、まさにそう。シェフで長年やっていた子で、考え方、店に対するお金のかけ方がボケているところがいっぱいあったから。お客さんにお金をかけなきゃいけないのに、これは原価かけすぎじゃないかなと言いながら、全然応募も来ないアルバイトの求人を毎月出してたり。この金もったいないって気付かないの?って。しかも、それで雇った子が、俺が食べている間ずっと一歩も動かないねん。あれを一番無駄と言うんだよと。それだったら、その分お客さんにもう一切れ出すとか、もう一つ上のランクの肉にするとか、どう考えてもそのほうがええやん。そういう金の使い方がわかってへんのよ。

千聖:儲かったらお客さんに返していくというサイクルを見逃しちゃっているパターンもあるということですね。

光山:そうですね。一見気付かないようなことでも、例えばいい箸に替えているとか、おしぼりを1個10円だったのを12円のにしたら分厚くなったりとか、そういうことをやっていく。

千聖:『肉山』も12月(2016年)で8店舗ですよね。

光山:2017年に2店舗出すのも決まってます。筑波と沖縄。

千聖:『肉山』がこれだけ広がるということに対しては、何か考えはあるんですか?

光山:名古屋は、鳥居さんという人がやりたいと言って始めたんですけど、あそこが流行ったのが一番大きいよね。小野田商店と同じパターンで、光山ありきの業態なのかどうかを、鳥居さんで確認させてもらったという感じです。めちゃめちゃ流行っていてよかったなと。

千聖:名古屋にいる友達がしょっちゅう「登頂成功」していて。憧れのお店みたいになっていて、ビックリしています。

光山:1都道府県1オーナーというルールにしているんです。だから鳥居さんが愛知県で3軒やるのも自由だし、岐阜県でやるなら、また権利を買ってもらわなあかんよと。四国とか九州は、そんなにパイが大きくないだろうから、県単位ではなく四国ね、九州ねと。その中で、もしやらない地域があったら俺に言って、と。

千聖:じゃあ福岡をやっている濱崎さんは…

光山:福岡と熊本と長崎が欲しいって言うから、残りは誰かやりたい人がいたらまた。

千聖:なんか戦国武将みたい(笑)。

光山:ホンマにやるかわからんけど、あまりにアクションがなかったら、もし候補者が来たら相談するねということにしています。

千聖:あとは神戸もあって、大阪、新潟、大宮が12月(2016年)オープン。ラッシュですよね。

光山:たまたまね。

千聖:それも計算だと思われていますよ(笑)。これからの光山さんの展望は?

光山:今関わっている人のヘルプというか、黒子になりたい。「全然黒子じゃない。前に出てますよ」って言われるけど(笑)。

千聖:光山さんのLINEスタンプが出ているくらいですからね(笑)。これからも、肉という媒体を使ってというのは変わらずですか?

光山:そうですね。もし若い子で、こういう店をやりたいという志があって、気持ちが合えば、俺がオーナーで例えば和食屋やイタリアンをすることもあるかもしれないけど。

千聖:飲食という媒体を使って広がりを生むということですね。

光山:株も賭け事もしないし、タバコも吸わないし、車も興味ない。家も賃貸だし、何も持ってないんですよ。何か持つというのが結構怖くて。だから身軽なんですよね。それこそ店があまりにも人に迷惑をかけるようなことになってしまったら、すぐに辞めるという意識を持っています。そこはすっごく潔く辞められる自信がある。

千聖:PENICILLINは来年25周年なんですけど、光山さんは継続することの難しさも経験していますよね。

光山:継続しない前提でやっているので。

千聖:執着はしないと。

光山:しないですね。続けなあかんと思って店をやると、延命作業みたいになるので、全然いつ辞めてもいいです。

千聖:バンドもそうですね。10年後のことなんてわからないし。

光山:本当にもう無理だなと思ったら閉めて、考え直して、またやりたかったら別の店をやればいい。なんでもいいんですよね。食べに来るお客さんがいてさえくれれば。

千聖:光山さんはまさに裸一貫から始まっているので、強いと思うんですよね。バンドもそうなんですけど…やっぱり自分たちで好きで集まって自分たちの感性で勝負してきたバンドは、例え周囲の大人が離れても、メンバーさえやる気があれば全然怖くないというか、最終的に何かあってもなんとかなるという考え方と一緒だなと思います。良い意味で雑草的な強さというか。光山さんを見ているとすごくそう思います。お客さんに対するアプローチの仕方も丁寧だし早い。本当にスピードは速いですよね。

光山:速いですね。昨日も大阪のオーナーに「この件どうなった?」って聞いたら、「明日連絡しようと思っています」と言われて、殴ったろうかなと思って(笑)。「今せーよ! 明日ってなんやねん!」と。そんなことしてたら店潰れるわ。

千聖:思い立ったらすぐやるというね。忘れちゃいますしね。僕が見ていて仕事ができる方って、やっぱり皆さん速いというイメージがあります。

光山:忘れないためでもあるし、誠意でもある。

千聖:今、光山さんは「肉の神様」って言われていますけど…

光山:いやいや(笑)。

千聖:アーティストに近いと思うんですよね。優れたアーティストはセルフプロデュースが上手いんですよ。そういう観点で見ると、ぶっちゃけ光山さんはかなりの優れたアーティスト。人が見てしまうカリスマ性というか、持っているものがあると思うんですよね。生まれ持ったもの+努力だと思うんですけど。ビジネス的な感性が元々あるんだろうなと。だからやっぱりシェフではなく、肉を使った発展の仕方というか。

光山:多分、肉の裁き方は、俺のやり方は間違っていると思うもん。誰にも教えてもらってないから。自分で焼いて食べてみて、この部分は違うな、これはカレー用だなっていう感じで。

千聖:カレーのことも聞きたかったんですけど、ケジャンが入っているというのは衝撃でした。どこからあのアイディアが生まれたんですか?

光山:ケジャンを仕入れるとタレばっかり残っていくから、最初はご飯にかけて食べていて。その前に、キムチの汁も余るからカレーに入れていたんです。それが美味しかったから、キムチもありならケジャンもいけるんちゃうかと、残りもんでやっただけなんです。元々、あの汁が圧倒的に美味しいんやけどね。

千聖:カレーとケジャンって合うんだって本当にビックリしたんですよ。今は肉山カレーが渋谷でも買えますし(東急東横店地下1階 東急フードショー内)、色々と展開が広がっていて、全部光山さんが計算で動いているんだという噂になっていますよね。

光山:あいつ、ナンボ儲けているんやっていうね。俺、もらってそうで全然もらってないんですよ。展開が早いから、上手いことやって儲けていると思っている人が多いと思うけど、直接やり取りしている人はわかってるでしょ。それでいいなと思って。

千聖:やっぱり光山さんの心意気に惚れちゃう人が多いと思うので、同業者の人たちでも光山さんだったらどう考えるだろうっていう考え方をする人が増えていると思うんですよね。光山チルドレンというか。

光山:その子たちが育って、またこんなことをやりたいとヘルプを求めて来てくれたら、じゃあこうやろうかって、そんな風にやっていきたいですね。

千聖:今後が楽しみですね。

(文・金多賀歩美)

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光山英明

<プロフィール>

1970年、大阪生まれ。1988年、上宮高校野球部主将を務め、第60回センバツ大会出場ベスト8を記録。1989年、中央大学に進学し、野球部に入部。卒業後、地元大阪にて10年間のサラリーマン生活(卸酒屋)を経て、2002年11月15日に吉祥寺にて現在の『わ』をオープン。2007年8月に「たるたるホルモン」を、『わ』10周年に当たる2012年11月15日に『肉山』をオープン。また、数々の飲食店のコンサルティング、プロデュースも手掛ける。

■光山英明 オフィシャルブログ
http://www.kojin-shouten.com/wp/

【『肉山』情報】

肉山

住所:東京都武蔵野市吉祥寺北町1-1-20 藤野ビル2F
TEL:0422-27-1635
営業時間:月~金17:00~、20:00~/土日12:00~、17:00~ ※不定休
☆2016年12月に肉山大阪、肉山新潟、肉山おおみやが立て続けにオープン!

【『わ』情報】

住所:東京都武蔵野市吉祥寺北町1-10-22
TEL:0422-23-3320
営業時間:17:00~翌3:00 ※ほぼ無休

【たるたるホルモン情報】

住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町1-33-9
TEL:0422-22-3199
営業時間:17:00~翌3:00 ※ほぼ無休

ARTIST PROFILE

千聖

<プロフィール>

HAKUEI(Vo)、千聖(G)、O-JIRO(Dr)によるロックバンド・PENICILLINのギタリスト。1992年結成。96年にメジャーデビュー。98年には後に代表曲となる『ロマンス』をリリースし、90万枚を超える大ヒットを記録。結成20周年の2012年、ファン選曲ベスト盤『DRAGON HEARTS』、メンバー選曲ベスト盤『PHOENIX STAR』をリリースし、2013年2月、渋谷公会堂にて20周年ファイナル公演を行った。2015年3月には昭和歌謡をカバーしたアルバム『Memories ~Japanese Masterpieces~』をリリース。また、PENICILLINの活動と並行してソロプロジェクトCrack6としても精力的に活動を展開。2013年には活動10周年を迎え、2016年6月、ニューアルバム『薔薇とピストル』をリリース。2016年11月、PENICILLINニューミニアルバム『Lunatic Lover』をリリース。2017年、PENICILLINは結成25周年を迎えるアニバーサリー公演&東名阪ツアーが、そして「千聖」名義ではソロデビュー20周年を迎えるBEST ALBUMのリリース&東名阪ツアーが決定している。

■PENICILLIN オフィシャルサイト
http://www.penicillin.jp/
■Crack6 オフィシャルサイト
http://www.crack6.jp/