Tsunehito

Dの無期限活動休止を経て、ベーシスト・Tsunehitoが初めて語る“その後”と、Ruiza BANDで奏でる新たな物語

2024年3月にDが無期限の活動休止に入って以降、ベーシスト・Tsunehitoは様々なアーティストのサポートを務め、多くのステージを重ねてきた。中でもDで活動を共にしてきたギタリスト・Ruizaによるソロプロジェクト“Ruiza BAND”のレギュラーメンバーとして、精力的な展開を見せている。本インタビューは、バンド休止以降、Tsunehitoがメディアで言葉を発する初の機会となった。ベースを始めたきっかけから、この1年余りの活動と心情、さらにはRuiza BANDの裏側に至るまで、多角的な視点からTsunehitoの今に迫る。


ベースを弾き続けていきたい気持ちが自分の中で明確になった

VifでのTsunehitoさんのパーソナルインタビューは初ということで、今さらですが、これまでなかなか聞く機会がなかったことを最初に伺いたいなと。ピクシブ百科事典に「少年時代に兄の影響でギターを始め、やがてパンク路線に舵を切った頃の黒夢などの影響を受け、『パンクならベース』という考えからベースに転向」と書いてあったのですが、これは本当ですか?

Tsunehito:間違いないです(笑)。兄がギターをやっていたんですけど、ちょうどHIDE-ZOUさんやRuizaさんと同じくらいの世代で、兄が聴いていた音楽を自分も聴いていました。中学の時、ギターをちょっとだけやっていて、ちゃんとは弾けないけど、Xのコピーとかしていましたね。その後、兄が聴かせてくれた黒夢のアルバム『CORKSCREW』(1998年リリース)がものすごく大好きになって、それもギターでちょっとコピーをしていました。「BEAMS」(1995年リリースのシングル)とかテレビで流れていた曲で、黒夢の存在自体はもちろん知っていて、カッコいいなと思っていたんですけど、自分が楽器をやる感覚としても好きでカッコいいなとなったのは、『CORKSCREW』だったんですよ。


それがTsunehitoさんのパンクへの入口になったと。

Tsunehito:はい。兄が美容の専門学校に行っていたんですけど、美容系っていろんな趣味を持っている方たちがいるじゃないですか。そこで兄が洋楽をどんどん聴くようになって、その影響で俺も洋楽を聴くようになり。セックス・ピストルズやザ・クラッシュとか、いわゆるクラシックな70年代の洋楽パンクを聴いて、好きになっていったんですよね。それでパンクを好きになっていくと、シド・ヴィシャスとか、やっぱりパンクはベースがカッコいいだろうみたいな。逆にメタルはギタリストが花形のようなイメージでしたね。ベースってカッコいいなと思って自分でも深掘るようになってから、アメリカのランシドというパンクバンドを聴いたり、当時、邦楽でもいわゆるメロコアと呼ばれるものが爆裂に流行っていて、Hi-STANDARDとかを筆頭にいろんなものを聴いて、パンクが好きになり、ベース人生が始まったという感じですね。


余談ですが、その頃ってハイスタかLUNA SEAどちらかのコピーを皆やっていませんでした?

Tsunehito:皆やってました(笑)。なんなら自分は、軽音部で両方やっていたタイプです(笑)。


まさかの(笑)。そんなTsunehitoさんの音楽遍歴もあり、昨年10月のRuiza主催イベント「BURNING SOUL vol.1」での90年代ヴィジュアル系カバーは胸熱だったのではと。

Tsunehito:熱かったっすね(笑)。やっぱりあの頃聴いていたものを、この年齢になって改めてカバーしてライブでやるというのは貴重だったし、楽器を始めたての頃にコピーしていた感覚とはまた違うというか。新鮮な気持ちでできたので楽しかったですね。


昨年3月をもってDが無期限活動休止となったわけですが、休止前最後のVifインタビュー記事のコメント動画の中で、ラストライブを終えて最初に食べたいものは?という質問をしていて。

Tsunehito:ありましたね(笑)!


Tsunehitoさんはラーメンと答えていました。ただ、今年1月のRuizaさんのインタビューで聞いた話によると、帰宅したのが明け方だそうで。帰宅後、Tsunehitoさんは何か食べましたか?

Tsunehito:いや、食べてないような気がしますね。その日というか、もう日をまたいじゃっていて、本当に家に着いたのが3~4時だった気がします。なので、疲れ果てて終わったような気がしますね(笑)。


濃密な二日間でしたしね。あのライブが終わって、3月末頃からRuizaさんがソロ活動のことに着手しだしたとのことで、それまでは何をしたらいいか迷っていたし、7月のRuiza solo works名義でのワンマン公演をやるまでは、割と内にこもっていたと話していました。Tsunehitoさんとしては活休以降、月日が経つに連れて心の変化はありましたか?

Tsunehito:僕が最後にDに加入しているので、Dは20周年でしたけど、僕の活動期間はギリギリ19年と何ヵ月みたいな感じで、20年にはちょっと届いていないんですね。でも、気持ちはもちろん20周年でしたし、自分の年齢的にほぼ半分Dとして生きてきたので、自分の人生を懸けてやってきたことを、その活動休止までの中でやり切るぞっていうことだけを考えて突っ走っていて。なので、その先どうしようかなというのは頭をよぎることはあっても、具体的なことは考えついてなかったんですよね。

そうなんですね。

Tsunehito:無期限の活動休止だから、期限がないものじゃないですか。とにかく全てを出し切らないとダメだと思って、その先が無期限であるということを踏まえてやらないと出し切れないと思って挑んでいました。なので、終わった後にもうちょっと自分を見つめるような期間になるかなと思っていたんですよ。もちろん音楽はすごく好きで、ベースも好きだから、続けることになるのかなぁとも思いながら、どうしようかなと思っていたんですけど、ありがたいことに近くで接していただいていたミュージシャンの方々からサポートのお話をいただいたりして。それでも、僕も表立った最初の活動は夏でしたね。HIZAKIさんソロのサポートのお話をいただいて、音源のキャンペーンで7月に大阪でイベントに出させていただいたのが最初でした。

なるほど。

Tsunehito:でも、その前に、やっぱりベースを弾き続けていきたい気持ちが自分の中でも明確になったし、さっき話したような自分が好きで影響を受けてきた音楽とかを、家で改めて聴いていたんですね。それで、純粋にやりたいなと思う気持ちが蘇ってきたというか。なので、個人のホームページも立ち上げて、改めてベースを持って撮影をしたり、そういう意識になっていったかなと思います。


ちなみに、ホームページにある9月のDIARYに「刻みの練習してるから右腕の筋肉も発達している気がする今日この頃」と綴っていましたよね。

Tsunehito:(笑)。音楽ジャンルによって、それぞれの楽器の弾き方みたいなものがあるんですよね。Dの音楽もテンポが速かったり、刻んだり、メタルっぽい要素の曲はたくさんあるんですけど、HIZAKIさんのソロの楽曲は、メロウなバラードももちろんありつつ、基本的にはテンポが爆裂に速い、こんなに音符が多いのは弾いたことないぞっていうぐらいの曲がたくさんあって。そういうものをやるのは、俺としてはほぼ初だったんですよね。


そのための鍛錬だったと。

Tsunehito:そうですね。本当に右手がパンパンでした(笑)。

Ruizaさんが、やっていくぞっていう気持ちになったことが、とても嬉しい

Ruiza BANDのお誘いがあった時、どのように感じましたか?

Tsunehito:こういうのをやりたいんだよねっていう話をRuizaさんから聞いて、「ツネにやってもらいたいんだよね」と言ってもらえたのは単純に嬉しかったです。長くDでやってきたし、無期限の活休があって、Ruizaさんの気持ちの変化や考えがあったうえでその話をもらったので、もちろん自分がお誘いをもらったこと自体も嬉しいですけど、Ruizaさんが、やっていくぞっていう気持ちになったことが、とても嬉しいなと思ったんですよね。やっぱり0から1を作っていくのはものすごく大変だし、労力もかかるじゃないですか。ただ、Ruizaさんもファンの子たちのことを考えてっていうのがもちろんある中で、自分の音楽とギター人生を踏まえてとか、そういうところまでも見える話をしてくれたので、感銘を受けたというか。ぜひやらせてもらいたいなと思って、参加させてもらいました。


Ruiza BANDが動き出してから、RuizaさんとTsunehitoさんはこれまで以上に相棒のような存在になっているのではと感じます。ご自身としては、Ruiza BAND以前と以降で、二人の関係性が少し変わったなと思う部分はありますか?

Tsunehito:メンバーならではの呼吸感、きっとこういう風にしたいんだろうなみたいな部分がわかるところもあれば、Ruizaさんが新しく動き出そうとすることで、Ruizaさんの意識もよりいろんなところを見て動いていて、それに刺激を受けることがたくさんあります。しかも、自分も意見を言わせてもらえるようにしてくれているというか、そういう余白をもらっているというか。なので、Ruizaさんのソロプロジェクトのバンドではあるんですけど、本当に一つのバンドとしてのメンバーの関係性みたいなものがすごく強いなと思っていますね。それが外からも見えるようになったと思います。


Dの時はメンバーも5人いますしね。

Tsunehito:Ruizaさんが楽曲のメインコンポーザーという部分も大きいと思いますね。Ruiza BANDはもちろんRuizaさんが発信することが軸にはなるんですけど、音源のリリースイベントとかもサポートメンバー全員一緒にやらせてもらっているし、ほぼ均等に発言もしているので、それもまた見え方の変化の一つだろうなと思います。


Ruiza BANDが動き出してから、Ruizaさんがこんなにもリーダーシップのある方なんだというのを初めて知って、ちょっとビックリしたんですよ。こんなに自ら色々動く方だったんだなと。

Tsunehito:あぁ、なるほど(笑)。やっぱり外から見ている感じだとそうなんですね。自分から見たRuizaさんは、そういうのが元々得意だし、好きだと思うんですよね。企画してこういうことがやりたいっていうアイデアを出すこともすごく好きだと思うので、環境に変化があったから、それがより活発にできるようになったというか。

それこそ今回のインタビューもRuizaさんからの提案でしたし。

Tsunehito:そうなんですよね。バンドが活休になった後に、こういう風に伝える機会というのが僕はなかったので、ファンの子たちに向けて伝える場があったほうがいいと思うんだよねって、Ruizaさんから言ってもらえて。今、僕は基本的にはサポートという立場で色々活動させてもらっているので、それでインタビューを受けるって、普通はあまりないことだと思うんですよね。自分がソロ活動をしているのであれば、そういう機会はあると思うんですけど。だから本当にありがたいなと。


伝える場というと、インストアイベントなどは限られたファンの方だけですしね。

Tsunehito:そうですね。参加できる人数もそうですし、バンドメンバーが4人いるので、やっぱり発言する分量も限られるじゃないですか。だから、これだけゆっくり喋らせてもらうとか、発信できる場をもらえたのはすごく嬉しいなと。ありがとうございます。


こちらこそ、ありがとうございます。ところで、昨年7月のRuiza solo worksワンマン公演で、現Ruiza BANDのメンバーでオリジナル2曲を初披露したわけですが、今思い返してみて、あのステージはいかがでしたか?

Tsunehito:Ruizaさんのギターインスト形態のステージは、やらせてもらった経験はあるんですよね。あの日はインストで2曲弾かせてもらっていて、その後にSethさんが入って新曲が披露になったという形だったんですけど、荒削りながらもバンド感みたいなものは、もう自分の中ですごく手応えはありました。それと、あの日集まってくれていた子たちは、Ruizaさんの思いをMCとかでも受け取ってもらっていたと思うんです。もちろん複雑な気持ちのファンの子たちもいるとは思うんですけど、それでもやっていくんだ、皆の気持ちを受け取ってやっていくんだっていうRuizaさんのパワーみたいなものが会場中にあるような、すごく温かい感じがしましたね。


今年1月リリースのRuizaさんのミニアルバム『Alive』では、Tsunehitoさんは「生々世々」「深層」「魔儀」のベースを担当されています。3曲のデモを最初に聴いた時、どんな印象を受けましたか?

Tsunehito:もちろんDの時もいっぱい一緒に作ってきたので、Ruizaさんらしさも感じながら、いろんな新曲が今も生まれている中で、Ruizaさんはプロデューサー目線になっているんだろうなというのをすごく感じるんですよ。自分のギターだけではなくて、他のパートの余白をすごく考えているなと。例えばCDに曲を収録しようとした時に、音量だったり、入れられる低音の量とか、当然いろんな枠が決まっているわけです。ここにベース、ギター、ドラム、ヴォーカルがあってという、スペースの振り分けみたいなのがあると思うんですけど、ベースは自分らしさを出してもいいスペースを、作曲段階でもう予想しながら作っている感じがするので、そこに全力で応えたいなと思って。


まさにTsunehitoさん節が炸裂していて、Ruizaさんも「あ!ツネを感じるから、これがいい!」と思ったそうですね。

Tsunehito:ベースのフレーズの付け方も割と初期衝動というか、楽器を始めた頃の気持ち、自分がこういう感じでやっていたよなっていう感じのフレーズをあえてすごく入れたんですよね。だから、自分らしいプレイだと感じてもらえる仕上がりになっていると思います。Dはたくさんの楽曲があったので、そのたびにあえて自分が今までやってこなかった新しいことをどんどん入れていったんですよね。だから今回参加させてもらっているRuizaさんの楽曲は、アプローチ的に自分らしさみたいなのはものすごく入れられたと思います。


4月のRuiza主催イベント「BURNING SOUL vol.2」の時に、Ruiza BAND正式始動のRuiza Birthday Live「Alive」から2ヵ月、わずか4本目のステージとは思えないバンド感の向上を感じました。ここまでのライブで特に印象に残っていることは?

Tsunehito:どれも印象深いですけど、イベントライブに出た時に、今まで対バンしたことがないバンドさんたちと一緒にやらせてもらうことで、すごく刺激をもらってますね。自分からしたら世代が少し違うバンドさんもいるので、楽曲や音作り、ライブの運びとかも、なんとなく違って聴こえて新鮮だったり。あと、まだRuiza BANDを知らない子たちばかりじゃないですか。まだライブの本数も少ないし、Ruizaさんがこういうことをやっているというのは、SNSで流れてきて知っている子たちはいると思うんですけど、初めてライブを観る子たちに向けてのアピールだったり、そういうのも意識しながらライブに挑んでいるので、より自分の中では全力でやらせてもらっている実感はありますね。


お客さんの反応を含めたステージ全体の観点で、特にこれは想像以上の進化を遂げているなと現時点で思うものはどの曲でしょう?

Tsunehito:ライブで初めて披露する曲でも、ファンの子たちはすごくノってくれていて。その中でも、「奈落」や「魔儀」はよりライブ感は増している感じがしますね。音源に入っているノリと違う、ライブならではの部分というか。そういうものも追加されたりしているので。ただ、「魔儀」は疲れますね(笑)。